其れを知らずは唯独り 1 


人は生まれてから愛情を受け笑い怒り泣いて、自我が生まれるとやがて欲を持つようになる。
そして考え悩み、人を愛したり信じたり裏切ったりもする。
そんな人間としての感情をそれぞれ一人一人にプログラミングし創り上げられたものが、私たちの住むRPGと呼ばれる世界だ。

そう、私たちは現実には存在しない。

人々から見れば、同じ言動をひた繰り返すだけの、架空のキャラクター。
人は知らないだろう。皆から忘れ去られたゲームの末路を。

時を経て”とある事情”で心を持ってしまったゲームは、死にゆく自分に耐え切れずに二人の人間に助けを求め、時に逆らい今、人々の心に留まっている。

そのゲームの名は、『aioon dynamis』






『あなたは男ですか?女ですか?』

「 男 」


『なるほど。では、頑張り屋ですか?面倒くさがり屋ですか?(難易度選択になります)』

「 頑張り屋 」


『ほう。素敵な方ですね。では、最後の質問です。


 貴方は、友達が多いですか?』







「この世界も3週目か。このソフトのマスターはやりこむねぇ」
「はは、有難いことじゃないですか」
「そうだな。今回の主人公を楽しみにしてるよ」
「またお世話になります。それではまた後で」

最後の敵を倒してから、まもなく世界はリセットされる。何もかもがリセットされるわけではなく、 経験値だのお金だのを引き継いだり、忘れてしまった技を誤って出したりしてしまわぬよう周囲に厳重な注意を払ったりもする。
まあ、主人公が固定されていないこのようなゲームではその事実を知らないのは主人公とそのプレイヤーだけだが。
今回は引き継ぎ無し。全てリセットか。

「・・・・なかなか大変な旅になりそうですね」

名も無い店主にさあさあと背を押され、青年は苦笑しゆっくりと歩き出す。
まずは、はじまりの村へと。




「おーい、起きてるか?」
主人公は決まって、ボロボロの状態で村へとやってくる。
やってくると言うよりも運ばれてくる、と言った方がいいかもしれない。
シナリオはこうだ。

まず、村の男が狩をしに出掛ける。
道中、ボロボロの主人公を見つける。
男はそいつを拾って帰ってくる。
おしまい。簡単だろ?

「うう・・・・ん・・・・ここは・・・?」
「ここはクレアシオン。お前大丈夫か?随分ボロボロだったぜ」

未だ激痛の名残に身を縮ませぼんやりとしている少年に飲み物を差し出し、ゾロアスはそっとその背を擦る。
彼も少年ではあるが、その体躯は少年らしからぬほど屈強な体格。真紅の髪は真ん中で掻き分けられ肩より少し上のあたりまで伸びていた。

「ぼろぼろ・・・?俺、友達と遊ぶ約束してたはずなんだ。春日部公園、どこか知らない?」
「カスカベコーエン?さぁ・・・・聞いたことねぇな」
「そんなはずないだろ、春日部に住んでんのに知らないの?」
「だから、ここはクレアシオンだっての」

主人公の男女性別はそれぞれいつも違う。けれどここへやって来る理由と目的は同じ。
元の世界に帰る。
ありもしない過去を植えつけられ、たった一つの目的を果たすため共に旅をし、終わりを迎えると消えてしまう。
こうしてかれこれゾロアスも二人の主人公と出会い、別れてきた。
帰還とは名ばかりの哀しいメシアだ。

「・・・分かった。俺が親父に頼んでそのカスカベとかいう場所、探してやるよ」
「いいの?」
「ああ。俺はゾロアス。宜しくな」

にっと笑って少年に手を差し伸べた。
そっと握り返すと歳はさして自分と変わらないはずなのに、やはり少しごつごつしていた。
話を聞けば彼は鍛冶職人の家系で、鉱物を採りに出掛けたときに自分は拾われたのだと言う。

「記憶とかは一切無くなっちゃいないみたいでよかったな。随分強く頭打ってたみたいだから心配したぜ?」
「ありがとな。でもなんとも無いみたいだよ」
「そうか。・・・着いた。ここが作業場さ。親父ぃ!!入るぜー!?」

ゾロアスに誘われるままに後を着いていくと、たどり着いたのはカンカンと鳴り響く部屋の前。
耳を劈くその音に負けじとゾロアスは叫んだ。 がしかし。

「・・・・返事なしだな」
「クソジジイめ!!オーイ!!」

痺れを切らしたゾロアスは無造作に扉を蹴り空けた。
情けない音を立てて開いた扉を横目にそのまま奥の男をギロリと睨みつけ

「何だ何だ喧しいな!!」
「喧しいじゃねえわ!返事ぐらいしやがれ!ここの扉開くの大変なんだからよ」
「おお、漸く目覚めたのか、痛みはあるか?名前は?」
「聞けよ!!」

こいつら本当に親子かと疑う程度には口が悪い。
そんなに怒鳴らなくても聞こえるだろうと心の中では思うものの、恐くてとても口を挟む気にはならなかった。


「はあ。・・・で?結局お前名前はなんていうんだ?」
「あ、俺?俺は蓮」
「レン?変わった名前なんだな」

ゾロアスは怪訝な目をして蓮を見つめた。
蓮からすればゾロアスたちの方がよっぽど変わった名前なのだが。
それを言えば何となく拳が飛んできそうなので止めておいた。

「おう、蓮だったか。急いでねぇんならもっとゆっくりしていくといいぜ。ゾロアス、村を案内してやれや」
「こいつの傷が落ち着いたらな。後で後で」

興奮しきった父親を軽く受け流してゾロアスは蓮の腕を引き逃げるようにして部屋を後にしたのだった。

「悪いな。ああいう性格なんだ。根は悪い奴じゃないからさ」

まるで友達のような扱いである。
呆気にとられていた蓮を宥めるようにゾロアスは口端を上げて笑った。
うんともすんとも言わせずに話を進めようとする父親が、(ゲームの)世界の裏ではもっと大人しく物静かであると知ったら、 果たしてこいつはどんな反応を見せるのだろうか。
もしかしたら――――
そのもしかしたらは有り得ないと分かっているのだとしても、ゾロアスはその想像を止めることは出来なかった。


「ゾロアス、俺 傷なら大丈夫だぜ?」
「ん・・・そうか?ならちょっとだけ村の案内してやってもいいぜ」

大して大きいわけでもないこの村は、5分もあればその全てを把握することが出来るだろう。
それは当然ゲームだからできることだが。

「・・・あら、ゾロアス?」

丁度家を出た頃合に、少し向こうからふわふわと柔らかな声音が二人の耳に届く。
声を聞くなりゾロアスは弾かれたように顔を上げ歳相応の無邪気な笑顔へと表情を変え蓮を忘れて走り出した。

「アンズ!どうしたんだよ。ほら、荷物よこせ」
「大丈夫だよ。丁度ゾロアスと彼に持ってきたの」

そういってアンズははいと花のような笑顔で持っていた籠を蓮の方へと差し出した。

「え?あ・・・ありが・・・」

そこでふと気付いた。籠に被せられた布が心なしかうねうねと蠢いていることに。
何だこれはと目を凝らしてみると、布を突き破ってキノコ頭の白い蛇がひょっこりとその顔を見せた。


「わ”−−−−−−−−−−−−−−−−!!!!!!!!!!!」

「「!!?」」

「ヘビィ!!ヘビがぁ!!わ”ぁあああ!!!!」

「お、おい蓮・・・」

食用にいつも食べているものだと言おうとするが、そこには既に蓮の姿は無く。
どこへ逃げたと辺りを見渡すと、木に引っかかり宙吊りにされた彼の姿が。

「あーあ・・・」

「気絶、しちゃってるね・・・」

「白目向いてんぞ、いっそこのままにしておくか」


目を開いたときに広がった景色は、見慣れた白い天井などではなく。
擦ったり瞬いたりすれど、見えるものはやはり木で出来た天然の天井だった。

そういえば、自分の父や母は一体どんな人だっけ。
兄弟とか居たんだっけ。
いくら思い出そうと思えど、自分に関する記憶は名前と住んでいた場所以外 何一つ残っていやしない。

(・・・・全部、忘れちゃったのか・・・・)

一刻も早く帰らなくては。
父さんも母さんもきっと心配しているだろうから。

「起きたか?」

ベッドから身を起こすのと同時に、ドアの向こうからゾロアスの声が聞こえた。
傷の上からさらにどこかを強打してしまったようで、またずきずきと痛む全身にムチを打つ。

「うん」
「そっか。・・・入るぜ」

静かにドアを開けたゾロアスはその手に持っていた湯気立つコップを差し出した。
おずおずとそれを受け取ると、中のココアが己の顔を歪ませ映し出す。
いや、あるいは既に自分はこんな顔を浮かべてしまっているのかもしれない。

「親父と話をしてきたんだ。お前の故郷を探す旅に出ることになった」
「え?」
「メンバーは俺とお前とアンズ。さっきお前も会ったろ?」

ヘビへのビビリ様にこっちがビビったけどなと眉尻を下げると、蓮は罰が悪そうに口を濁した。
ぬるぬるしたものが死ぬほど大嫌いなのだ。爬虫類どころか、なめことかさえ触れないほどには。
これからの旅には5割そんなものが着いてまわるとは露知らず蓮は小さく嘆息した。
そういうものとこれから戦うんだぞと言えばこいつは多分ここに住むとか言い出しかねないだろう。そんなことになれば 物語は始まりさえしない。今回は随分と厄介な奴が来たなとゾロアスはこめかみを押さえた。

そして、何か思いついたように勝ち誇った笑みを浮かべた。


「蓮、お前にとっておきのプレゼントをやるよ」









2に続く