赤錆の羽根を打ち砕け 1 


何事もなく平凡で、特に自分の心を動かすようなこともない日々の、生活の一日にしかすぎない、ハズの今日。
最近のゲームの世界は廃れて来てる。
そう嘆く女は、コンクリート状の地面に転がっていた石を思いっきり蹴る。
その石は電柱に当たり虚しく跳ね返る。今日は、新しいゲームが発売するらしい。
学校帰りの横断歩道を一人で歩くのはもう慣れてしまった。
ふと足を止めると、ビルにくっついている大画面スクリーンがその女の顔を照らす。
丁度今噂になっているゲームの宣伝だ。いつもは直感で買っているし、流行りにも乗ってみたりもする。
アタリハズレはあるものの、基本的には積むことなくプレイできる。 だが、今回は何故か買おう、とは思わなかった。
見た目は面白そうでキャッチフレーズは『君も今日から英雄になれる!さぁ俺と旅に出よう!』
だなんてでかでかと赤字で書いていて、いかにも王道RPGって感じ。こういう感じは嫌いではなく、寧ろ好きな方なのだが、何故かいつもの好奇心、というか。ワクワク感がまるでない。
聞いたことのないメーカーが最後に表記されると違う宣伝へと画面は切り替わった。そこで横断歩道が点滅していることに気づき、迷惑そうによける人達に頭を下げながらも足を急がせる。
すっかり都会人になってしまった事に少し残念に思いながら見慣れた通路へと進路を進めた。
特に目を引く店も、置き物も、なにもないコンクリートの道を愛華はひたすら歩いていた。
都会といっても自分が住んでいる所はその隅で、どちらかというと田舎の方だと思う。
インドア派といえどもともと自然が大好きな自分はもっと緑溢れる環境を求めていた。といっても、この状況でそんなことを求めるのは場違いなのかもしれない。
丁度ゴミステーションの横を通り過ぎる為鼻をつまんでいた愛華は、何か異変を感じん?と声をあげた。その声はくぐもって鼻声になっている。
おかしい、何かがおかしいのだ。何年も歩いているこの通路は、一本道だから道を迷うことないし、なにか目立つものがあるわけでもない。あえて言うなら、最近小さなコンビニが潰れてその平野が空き地になったくらいだ。
その空き地に、明らかに不自然なものが唐突に建っていた。別に店が出来ることになんも違和感を感じることはないのだけれど、それだったら序所に骨組みの工程が見受けられるはずだ。だが、昨日はなかった、しかも相当年数の経った店のようだった。
おかしい。毎日通っている通路なのに。普通気づくだろう。近くまで寄ってみると、どうやら小さなゲーム屋らしい。今日は特に急ぐ用事もないし、少し寄ってみようかな。そう思いドアを引く。
壊れそうなドアはギギギと歪な音をたてた。

「・・・わぁ」

見たことのないゲームがずらりと一面に並んでいた。
今まで色んなゲームをやってきたつもりではあったが、まだまだ知らないゲームがいっぱいあるのかと思うと心が弾んだ。
こんなお店が近所に出来ただなんて、興奮で胸が高鳴る。
吊り上る口端を隠しもせず角を曲がった時だった。なにか端で光っているのだ。
ずらっと並ぶゲームのパッケージの中には不釣合いなその光景は、足を進める理由には十二分だった。
どうやらある一つのパッケージが光っているようだ。そのソフトは古いもので、表面は何を書いているのかすら分からないほど掠れていた。そもそも光っているパッケージなどおかしいだろう。
そう思い手にしてみた時、角から曲がってくる人影があった。その人影は、最近知った顔で、
何故か好きになれない転校生だった。

「げ、お前・・・!」
「あんたは・・!」

そう口を開いたとき、いきなり目を細めるほどの光を浴びた。
身体が浮き、反転しているような感覚。割れるように痛い頭、止まらない耳鳴りに吐き気を覚える。
訳が分からない。 自分の今の状況を理解したくてもなにぶん眩しすぎて目が開けられない。隣で大げさすぎるくらいの叫び声にまた頭を痛くする。突然吸い込まれるように、押されるように、まるで身体が小さくなるような違和感を感じた時には、周りが黒く染まり私は気を失っていた。





「いっ・・・ここは?」

落ちた時に出来たのであろうたんこぶを愛華は押さえる。ああでかい、痛そう。いや痛ぇ。
それにしてもここは一体?

辺りを見渡せば、普段は見ないような豚にウサギの耳をつけて歩く者、しまいには大きくなったネズミのような者まで、まるで当たり前かのように悠然と歩いていた。

その普段見ない者の格好もまたカラフルだ。まるで・・・

「ゲームの・・・世界」
「!?」

このような立場にいるのは自分だけだと思っていた愛華は、突然後ろから聞こえた声に肩を上げた。
聞覚えのある、かつ世界で一番聞きたくない声だった。

「なんであんたがここにいんのよ!!」

心底嫌そうに愛華は声を荒げる。何事かと周りの住人が二人に注目していることなど知らず

「知らねぇよ!!気づけば頭がガーーッって・・?」
優太が愛華に指差したまま抗議を止める。その目は見開いたまま微動だにしない。視線の先はどうやら自分の腕に止まっているようだ。


腕に・・・腕に?
「なによこの格好!!え!?え!?」

そして自分の格好に愛華は気づく。
まるでゲームの世界のヒロインのようなその格好は、戦闘態勢に入らんばかりの身軽さを思わせる。

まず私、落ち着いて整理しよう。落ち着こう。

私偶然見つけたおんぼろのゲーム屋に入って、角の啜れたゲームカセットを手に取った。 そしてコイツに会った。そこまでは覚えている。 それから―・・・それから――・・・

「なるほど分からん!!」
「なんだよココ!マジでゲームの世界に来たってのか!?」

目の前の男は既に半泣き状態だ。こんな奴とこれから一緒に居なければならないと思うと気が遠くなる話しだ。これじゃ役に立つ以前の問題ではないか。

『知りたいか、己の定め』

「「!?」」
突然どこからか二重の声が聞こえた。直接脳に届くような声はやけに反響して残る。

『進むのだ、自分の足で。その終焉がお前たちの答えになる』
「え、この声どこから・・?」

声を発した時には既に聞こえなくなっていた。頭に残る、二重の声。普段は聞くようなことがないからだろうか、何故か心に引っかかるような感覚に陥った。 一体定めだの、答えだの、何を言いたいのだろう、そして声の主は・・?しかしその疑問を振り払うかのように落ちてきたものに、よもや二人はそのことを深く考える事を止めるのだった。

「いっで!!っつー、なんか落ちてきたぞ?」
「剣・・・?これで戦えって?」

画面で見るより倍以上の迫力がある剣は見たかぎり鈍い輝きを放ち、どうやらおもちゃとして振り回していいものではなさそうだ。
恐らく私は剣を使わない。さっきから気になっていた腕に付いた鉄の塊を使うのだろう。族に言う、格闘、というものだろうか。鉄なだけあって少し腕を上げる時に重量感が邪魔をする。少しの衝撃などものともしないような作りだ。

「しょ、しょうがないし、行くぞ!」

自分では格好良く決めたいつもりなのだろうが、足は震えてしまっている。こんなへっぴり腰に先頭をきられてもなにがあるか分かりやしない。
ここは私がどうにかしないと。
カラフルでファンタスティックな世界を見据えて、自分達の常識が通じるかも分からない先が見えない道に足を踏み入れた。
しかし好奇心が恐怖というそれに勝っていたのは秘密だ。
先へ先へと進みたい衝動を堪え、愛華はグッと足に力を入れた。

「ちょ、待てよ!!」





「なぁ」
「なによ」

会話もなくと顔も合わせずにずんずんと進む愛華に優太は戸惑いを隠せなかった。
気づけば、普通はありえない世界が目の前に広がっていた、なんて誰でも驚き、怖くなるだろう。
目の前の女はそんな素振りも見せずに前を歩いている。この男勝り、怖くはないのだろうか。


「私はあんたと違ってね、気になることは徹底的に調べて自分で納得がいくまで進むタイプなの。いつまでもうじうじしてる暇なんて、ないのよ」
「うじうじって!俺が!?」
「そうよ、他に誰がいるの。私はアンタみたいな奴が大っ嫌いなのよ」
「なっ」


自分で自覚していない時点でコイツは終わってる。
この世で一番嫌いな黒板の音並みにヘタレは嫌いだ。何より自分と存在がかけ離れていた。見ていて腹が立つ。

「くそっ俺だってやるときはやるんだよ!!」

どうだ!と言うようにブンブンと優太が剣を振り回す。
足元も腕も剣の重さに耐えきれずおぼつかない。 危ない、と口を開く前には優太の手に剣は握られていなかった。
宙を舞いながら飛ぶ剣は終点を見つけその切っ先は鼻息の荒い豚のような物体に。

「ねぇあんた、これどういう状況か分かる?」
「・・・なんとなく」

物体はしばらくぐるぐるとその辺りを周り、方向を愛華達の方へと変えた。ギラリと光る赤い目。
ここはいわゆるフィールドという所なのだろうか、明らかにモンスターは怒っている。
 ・・・ こ れ は や ば い 。

「俺がどうにかすればいいんだろ!!?このぉおおおお!!」
「そんな無防備に突っ込んでも!!」

叫んだときにはもう遅く、モンスターから抜けた剣とともに宙を舞っている優太がそこにいた。

「アッチャー・・・」

まったくコイツは人の話も聞けない奴なのだろうか、そもそもなにもないまま突っ込んでどうするつもりだったのだろうか。後先考えないで行動する。

「どいて、私が「俺が・・・俺がやるんだよ!!どけモンスターーー!!!」
「ちょ、アンタ!」

大して何もできないのに庇おうと思うとか馬鹿なのコイツ!?しかもさっきより遠くにぶっ飛ばされている。所詮口だけだったのだ。

「あぁ!アンタのそういう所が大っ嫌いなのよ!どけ!ハァアアアア!!」

グワッ 愛華の鉄拳を食らったモンスターは一瞬にして微粒子となり風に乗ってパラパラと消えていく。優太はただ唖然と彼女を見つめるしかなかった。

「・・・」

最初は半信半疑、いやほぼ信じていなかった。ここがゲームの世界だなんてありえないし、あってほしくもなかった。だが、嘘ではなかったようだ。

ここは、明らかにゲームの世界だった。

普段の私があんなにデカイモンスターを、しかも一人で倒せたなんて自分でもビックリしているほどだ。
腕力が自分でも分かるほどに、上がっている。一体どういうことなのだろうか。

「いってーー!!!いってぇえええ!!!くっそ・・・・俺が何したってんだよぉぉ・・・・」
「・・・大丈夫なのあんた」

腰を押さえ涙目になりながら呟いている優太を見て同情からか呆れからなのか、ため息まじりに声が出る。

「平気だよ、気にすんなって」
「ほら、腕持ってあげるから、行くよヘタレ。」
「あぁ・・って!ヘタレじゃねぇ!!」


さっきから噛みつくように反抗してくる割には一向に立とうとしない。
寧ろ足が動かないのだろうか、少し震えているように見えた。
もしかして

「腰でも、抜けた?」
「ち、ちげーよ!!」

なんて分かりやすい人間なのだろう。
違うとアピールしたいのだろうが思うように体が動かないもんだから手が宙を舞うだけになってしまっている。 これじゃ、近所の小学生となんの変わりもない。親戚にこんな子供が居た。懐かしくてつい笑みまで浮かべてしまう始末だ。

「うんとこしょっと」
「おま、何してんだよ!!」
「こうでもしないと、優太君動けないんでしょーよ?だからおぶってあげてるじゃないの」

普通反対だろ、と自分にツッコミながらそこそこ重い男を持ち上げる。
前から性格は男勝りだとは言われてきたが、まさか男をおぶる時が来るとは思いもしなかった。

「余計なお世話だっつうの!でも落とさないで下さい!!」
「お前死ねよそこは男らしく抵抗しろよ!!」

徐々に人気が多くなっている気がする。この雰囲気でいくと村はもうすぐのハズだ。
ゲームという世界を長年見ているからか、勘というものがついてしまったのだろう。まさかこんな所で役に立つとは思わなかったけど。
ガヤガヤと賑やかになっていく道を愛華は突き進む。
上を向くと見えた嫌味なほどな快晴はまるで私たちを嘲笑っているようだった。

うっすら映る、二つの月。

頭に残る、二重の声。
そしてコイツ重い。



「村!!村よ村!!」
「いてぇ!落とすなよ!」
「あぁ、つい」
「絶対ワザとだろ!」

ドサッと思いっきり恨みをこめて優太を落とし、愛華はようやく着いた村であろう地を舐めるように見渡した。
このいわゆる”ゲームの世界”では初めてみる村だ。あまり大きくはないが市場などがあって賑やかな村だ。
違う所から訪れた観光客なのだろうか、今まで見たことがない人だかりも見受けられた。

「おや、見ない顔だねぇ。旅人さんかい?」
「え?あ、はい」

とっさに答えてしまったが、そもそも私達はどうやってここまで来たのだろうか。
思いだそうとすると何故か記憶を抹消されたかのように頭が真っ白になった。 元の世界と、この世界に来るまでの間の時間が、無い。
嗚呼もう、全くもって一体私が何をしたっていうのよ。

「おい、聞いてんのか!?」
「え?」
「ったく。だからあそこの店に入ろうぜって、お前大丈夫か?」

色々考えているうちに無視をしてしまっていたようだ。
一つの事を考えると周りが見えなくなるのは小さい頃からの悪い癖だ。こんな状況だからこそ周りに気を使わなければならない。
「あー・・・、少し考え事を。というよりあんた立ってて大丈夫なの?」
さっきワザと落としやがってよく言うよ・・・という独り言を聞かなかったことにして、少し赤い染みを作っている傷口を眺めた。
思ったより深いのだろう、さっきより染みの範囲が広くなっている気がする。

「まぁ、痛いけど歩ける程度には大丈夫」
「そう。じゃ行こうか」
「さりげに足踏むなよ!」

目の前には少し大きめの小屋があった。
中は主に道具屋・・・なのだろうか、武器からゲームで見たことのある欠かせないアイテム、キズ薬まで豊富な品ぞろえだった。興味の引かれる面白い物まで置いてあった。 奥にはこじんまりとしたオシャレなカフェもあった。
微かに香るコーヒーの匂いが懐かしさを感じさせる。

「ふーん。色々あるんだなー」
「へぃらっしゃい!!いい品揃ってるよ〜!・・ん?お前さんその傷どうしたんだい?」

ここの店の店長らしき人が声を掛ける。
がたいの良い人が良さそうな中年のその店長は徐々に染みの陣地を広げている傷口を指差して問う。

「あぁ、ちょっとここに来る途中で「これ、ほっとくと毒が回って死にますよ」

フムフムと優太の腕を掴みマジマジと舐めまわす勢いで見る人物がそこにいた。
銀髪の髪を腰の長さで揺らし、いかにも清楚だと言わんばかりの十字架をぶら下げた青年は片手で本をパラパラとめくり何かをしらべるようにブツブツと呟いている。

「えっと・・・・誰?」
「おぉ!ヒギリ君じゃないか!丁度いい、コイツを治してやってくれよ!」
「そうですね、このままだと危ない」

見事に空気と化した私をスルーし、二人は毒が回っていると聞いてかなりショックをうけたのだろうか、顔が真っ青なヘタレをつれて(ほぼ引っ張られていた)奥へと進んでいった。 店内に残る、ひとりぼっちな私。状況を読めずに一人立ちつくしていた。




「え、誰?」
「この町の人達はとても親切で、面白い方が多いんですよ?」

優太の問いには答えずに一人語りながら掌から何か慈愛を感じさせる青い気を出している。これがこの“ゲームの世界”で良く言う治癒法と言うものだろうか。初めて見るものだが冷静に見ている愛華がいた。そしてみるみる傷が治っていくのを生で見るのも初めてだった。まぁ、当たり前の事なんだけれども。実際見ると迫力のあるものだった。
「すげぇ!もう治ってる!ありがとう、・・・えーーっと・・?」

いざ名前を呼ぼうとしてもこの助けてくれた目の前の青年・・・だろうか、肝心の名前が分からなかった。いきなり目の前に現れて魔法のように(と言っても実際魔法の様なものなのだろうが)優太の傷を治す、嵐のような出来事に頭は少し混乱していた。

「あぁ、申し訳ありません。まだ名乗っていませんでしたね」

そう言って青年は鼻に掛けているメガネをクイッと上げる。なんともその仕草が似合う高青年、といった所だろうか。いかにも笑顔が顔に張り付いているような人間だ。良い意味でも、悪い意味でも。

「私はヒギリ、と申します。この町には定期的に診断に周っているんですよ。それにしても」

メガネの奥の青い澄んだ目をいっそう光らせ、青年、ヒギリは二人に向けて満面の笑みを向ける。

「いやー、私がいて良かったですね?もし私がそこにいなければ・・・分かりますよね」
((なにこの人めっちゃ笑顔こわ・・・!))

背中がぞぞっと震えるのが分かる。ある意味で、隣でわなわなと口に手を当て震えているヘタレが危なかったのかもしれない。まぁ、私はコイツが居なくなってもなんの支障もないから、構わないのだけれど。言うと色々ややこしいから黙ってよう。面倒なことは、好きじゃない。
「そういえば、貴方達はどこから?」
避けれられないこと、それはさっきも聞かれたこの質問。周りから見ると私達は少し浮いているのだろう。初めて外に出た子供のように一つの物事に驚く。私達にとっては驚きの連続でも、この世界の住民にとっては当たり前の事なのだ。

「私たち「それがいつの間にかさぁブホォッ!!いってぇ何すんだよ!」
「!?」
「えへへ、なんでもないの」

コイツは馬鹿なのだろうか。いや、知ってて改めて思わされた、の方が正しいだろうか。
後で一発頭にネジを挿しこんでやろう。 ここの住民に「私達気付いたらゲームの世界に来てたんですよー」だなんて、信じてくれる訳がない。
そもそもここの住民がこの世界がゲームの世界だということももしかしたら知らないかもしれない。
もし知らないままこのことが知られたら一大事だ。知られる訳にはいかない。
もしバレたらどうなるのだろう、私達はこの世界ではどういう存在なのだろうか。
ブツブツと一人呟く愛華をヒギリは何か思いつめるように目を一瞬濁らせ、すぐに前を向く。

「・・・そう、ですか。いえ、唐突に聞いた私が悪いんです。すみません。・・それで、すぐここは出発するんでしょうか?」
「えと、まぁ、多分」
アイコンタクトでそうだよな?とでも聞いたのだろう、愛華は無言でうなずいた。
留まっていてもしょうがない。今の私達には進むしか道はないようだ。

「先ほども言いましたが、私もこれから診断で色んな街に周らなければならないんです。・・・よろしければ私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「「え!?」」
まさかそう来るとは思わなかった。それに出会って間もないどこの誰かも分からない私達に手を貸してくれるとは思えなかった。

「お、おい、コイツ付いてきても大丈夫なのかよ・・?」
「分からない、でも・・」

裏でこそこそと優太が私に問いかける。私にだって何があるか分からない。・・でも、この人ならなにか分かるかもしれない。私達が何故ここに飛ばされたのか、己の運命とは一体なんなのか。なんの確信もないけれど、私の勘が言っていた。果たしてそれが役にたつのかどうかはまだ分からない。でも、じっとしているのは私らしくないと思った。

「これからもアンタがこんな事になるのは目に見えてる事だし、ついて来てもらった方がいいんじゃないの?」
「はぁ?もうねーよ!!ぜってーねぇよ!」
「フラグ建たせてんじゃねぇよ」

声を荒げる優太を遠い目で眺め、愛華はため息をついた。所詮ここまでの男なのだ。

「まぁまぁ、そう言わず。あなたたちにとって、このような立場は必要でしょう?」
「ま、まぁそうだけどよ・・」

確かに、これから先が見えない所に一人で歩を進めるといっても過言ではない。もしまた何かがあったら・・と考えるだけで寒気が走った。私達は所詮人間で、出来ることも少ない。今は頼るしかないもかもしれない。 それにさっきから気になっていたヒギリのあの青い目。全てを見透かされているんじゃないのかというくらい鋭く私達に刺さる。何かを隠している。そんな気がしてならなかった。

「どうかしましたか?」
「え?い、いや。なんでもないの。よろしく、ヒギリ」
「えぇ。よろしくお願いします」

良い人そうなんだけどな・・・。私が深読みしすぎているだけなのか、な


「いいじゃーーん!もーうちっと、な?」
「お客さーん、これ以上は無理だって。諦めな」


店主が首を縦に振るまで粘ってやると、バンッと商品が並んでいる棚を叩き男は駄だこねる。

「えーーーーー!!男たるものこれしきのこと「さぁ帰った帰った」

俺は忙しいんだ、店主に軽く手を振られ腑に落ちないのか棚をもう一回叩き、男はそこを離れていく。一応は諦めたようだ。なにか歩き方がぎこちない。
なんというか、感想で言うと、何アレ。

「いるよな、あぁいう奴」

腕を組みながら優太は言う。本人は決めたように言ったつもりだろうが、コイツが言っても説得力に欠けるし、あまり迫力がなかった。ヒギリも私の感想に同意するように両手でやれやれとリアクションをとっていた。

「およ?見ない顔だねーっ!君ら」
「げ」
「うわ」

さっきのちょっと騒ぎを起こしていた張本人(といってもその本人は気づいていないのだろう)がこっちに寄ってきた。いかにもうさんくささが漂っている。部屋着のようにだらしなく服を着て、全体的にゆったりとしている。そして距離が近づくたびに酒の匂いが鼻を掠める。
「・・・?あぁ君ら」
「え?」

目の前の男は私たちの顔を眺めるなり顔を緩ませ、ふーん、と顎の無償髭を触る。隣でヒギリがなにか考える仕草をしている。鼻にかかっているメガネを上げるのはどうやら癖らしい。キラりと反射して私の目は細まる。

「いんや、なんでもねーよ。まっ死なない程度に頑張れや。」

酒は呑みつつ、呑まれつつ〜だなんて歌いながら男はそう言い放つや店を出た。店主はやっと出たかと安堵の息を吐いていた。まだ微かに残っている酒の匂いが私の頭を更に混乱させた。一体、私は何故ここに立っているのか。

「・・・何だよ、あのおっさん」
「分かりません。一体何をしたかったんでしょうか」
「・・ヒギリ、眉間に皺寄ってるけど、どうかした?」
「いーえ?何もありませんよ。さあ、行きましょうか」

ヒギリは小声で呟いていた言葉を自分のそれで遮るように私達の前に立ち歩を進めた。もしかして私達の正体が既にばれてしまったか。
なんだろう、ヒギリの視線、言葉。なにか違和感を感じる。嫌な意味での予兆。そんな気がしてならなかった。

それもそうだ。何かが起こっていなければ自分たちが、わたしがこの世界に引き込まれることなど有り得ない。

密かに回る、世界の歯車。頭の上で動く雲は私達を見降ろしていた。 お前たちは知らなければならない、そう、頭で響いた。


「あぁ、そう言えば」

ヒギリは頭の上によくある電球をつける勢いでポンッと手を叩く。それは町を出て間もない事だった。というより、こんなリアクションする人を初めて見たわ。隣でプププと笑いを堪えている優太に一発かまし、愛華は何?と問う。

「貴方達は武器をお持ちですか?」
「うーん、一応、だけどな。でも重くてさぁ。」

優太が構えた剣はキラリと光沢を放っていて、デパートで売っているおもちゃとは訳が違った。少しでも触れると切れてしまいそうなほど鋭く、そして何より逞しかった。といっても、その剣を持っている本人が頼りなくちゃ話にならない。

「なんだよ、その冷たい目」
「いーえ?なんでも」

何かを察したのか優太が愛華に突っかかる。
気にしないで、と愛華は頬笑みながら自分の腕を見つけた。目が笑っていない事に気付き優太は身震いした。
この世界に飛んできた時から私達はこの姿だった。
私にとっては武器・・・であろう腕に付いている物に触れてみたが、大して何かが起こるわけでもないし、目立つようなボタンなどはなかった。というより、正直使い方があまり把握できていないのが現状だ。

「あぁ、なんとなく分かってきますから、大丈夫ですよ。このまま行くと街を通るのですが、そこの街は結構大きい街ですから、そこで武器などを揃えましょうか」
「うん、そうだね」

正直ビックリした。この男は人の心までをも読むのか。最初から普通の住人じゃないとは思っていたが、その予想は外れてはいなかったようだ。

「それで、ですね」

お馴染みの特有の癖、メガネをクイッと上げ周りを見渡しながらヒギリは口を開く。やっと見つけたとでも言いたげに目を光らせ、二人の前で満面の笑みを浮かべた。

「道中、ついさっき貴方達が襲われたように、モンスターが襲ってくるケースがあるんです^^」

やけにその笑みが怖い。ふーん、それもそうだろうな。と納得したように頷く優太は一つ疑問を持ったようで、ヒギリに問いかけた。 「例えばさ、どんな風に?」

ブォォォオオオオオ!!

どこから聞こえてきたのだろうか、獣のような鳴き声が何故か近くで聞こえ二人は見を固めた。そしてこの鳴き声は聞き覚えのある荒々しさがあった。首を動かしたら、とんでもないことになりそうだ。振り向くもんか、振り向かないぞ、振り向か・・・

「こんな風に^^」
「・・・へー。」

何故かそこには沈黙が流れていた。のどかに小鳥が鳴いている。ヒギリが満面の笑みで指差したその先には、今にも飛びかかってきそうなモンスターが前足で地面の土を削っていた。その沈黙は数秒後、二人の叫び声によって破られた。

「はぁああ?!ちょ、はぁ!?」

優太の焦りようはそれはそれは酷かった。前例が少しトラウマなのもあるのだろうか、手をわなわなと震わせ、額からは尋常じゃないほど汗が滴り落ちていた。私でも分かる、これは・・・

「この状況ヤバいだろ!!」
「分かりましたか?」
「わわわ、分かった!分かったから!!早く倒してくれよ!!」

またもや少し沈黙が起き、ヒギリは眉毛を八の字に曲げる。

「ん?」
「・・・え??」

なにも反応がなく、しかも、ん?で返された二人は頭の上がヒギリよりも疑問符でいっぱいだった。聞こえなかったのだろうか、もう一回言おうとした時、ヒギリは理解したのだろうか、いきなり真面目な顔になり、というよりこれは無表情といっても良いかもしれなほど珍しくヒギリの顔から笑みが消え、答えた。

「え、無理ですよ。私は回復専門のヒーラーなんですから。倒すとか、そういうのはめっきり。」

え、いや、そんな両手広げてさぁ?とかやられても、その背後からめっちゃ鼻息荒く走ってきてる物体がどうしても視界にはいっちゃうんですけど?!

「じゃぁどうすんだよ!!」
「んー、逃げましょうか」

やっぱりそうだと思ったわよ!!だなんて叫ぶ暇もなく全速力で走りだす。そのまま草道を走っていくのも追いつかれるのが見えているからあえて木が生い茂る中獣道を走って来たが、あまりにも道が悪く今更後悔をする。

「うわぁあああくっそ!!おい!おま、これど、−すんだ、よ!!」
「黙って走れ!」

私以上に息を切らして後から優太が付いてくる。その後ろでは一番モンスターと近いヒギリが笑みを浮かべて軽やかに走っている。戦えないだなんて思えないほどの動きにまた疑問を抱く。優太さんはヘタレの鏡ですね。そう軽く貶すとうるせぇ!と一層優太は声を荒げた。
「・・・?何、この音」
「おいおい、まだいるのかよ!?」

先の見えない獣道を走っていると後ろからモンスター以外の走る足音が聞こえる。その足音は地面を踏む面積が広いのか一足が大きく、耳によく響いた。これ以上のモンスターが現れると言うのか。

「まぁ〜〜〜〜ちなさ〜〜〜〜〜いっっ!!!!」

良く通る少女の声と一緒に銃を何発か発した音が聞こえた。その弾はどこを目指しているのかが分からないが、隣の木に綺麗に命中していたことからそう遠くはないことが窺えた。モンスターの次は人間に追われるだなんて、勘弁してほしい。

「なんだこの音。っていうかお前満面の笑みで走ってくるなよ!気持ち悪いな!」
「気持ち悪いとはなんですか。もともとこんな顔だと思えばいいんですよ。あ、優太さん、そこ危ないですよ」

優太も音に気付いたのか後ろをちらちらと見やるが、後ろの男が気になってしょうがないらしい。確かに逆にこっちがヒギリに追われている感覚に陥るが、全力疾走している中でも何処が危ないのかを察知できる観察力はさすがだと思った。
銃声は止むことがなく、時々木に綺麗に当たったりするし、隣を見事に通過する弾に冷や汗をかく。当の本人は相当焦っているようだ。

「待ちなさいってば!!前の奴ら少しどきなさい!邪魔よ!」
「お、いっ・・・・モンスターの後ろに、誰かいるぞ!!」

なんとなく見えてきたそのシルエットは小さいのかと思いきや以外にでかく、そして大きい足音も理解できた。声の主がやけに甲高いと思ったら案の定少女だったのだが、その少女は隣にいる違うモンスターをまるで操るように扱い、ひらひらとスカートを揺らしていた。ピンクの可愛らしいフリルのついた服。私には無縁に近い系統だが、金髪の少女には似合っていた。

「はぁっ!」
「おわ!?っちょ、お前危ねぇよ!もっと狙って撃てよ!」

優太の声なんて聞こえないとでも言うように片手で持っている銃を遊ぶようにくるくると回し、少女はモンスターにその銃口を合わせる。

「まぁ任せなさいって!とぉりゃぁ!!ほら当たったわ!!」

確かに当たった。それはまっすぐモンスターへと目がけて。だがモンスターの様子がおかしかった。私が想像していたものは大人しくなるか最初に見たように微粒子となって消えていくかだった。だが目の前のモンスターは大人しくなるどころかもっと興奮したのかさっきよりも鳴き声荒くグォグォ言っている。嫌な予感しかしなかった。

「・・・効いてませんね」
「え、あれ、え?」

少女は銃を何回か振り、そして何かを察したのかさっきまで自信満々だったその笑みが消え、青白いものとなった。額から一筋の汗が流れる。

「てへっ効かないんだった!・・・逃げるわよ!!」
「なんでこうなるんだよぉおおお!?」




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