赤錆の羽根を打ち砕け 2 


いきなり現れたかと思うとやっぱり効かなかったと一緒に逃げている少女は一体誰なのかもよく分からず、ひたすら足を動かしていたら後ろで追ってきていたモンスターの足音がいつの間にか聞こえなくなっていた。それにいち早くヒギリが気付き皆を引きとめる。

グォオオオオオオオ….
「・・どういうことなの?」

そしていきなりなにもしていないのに倒れてしまったモンスターを息荒く皆で囲む。よく見ると腹部に矢が刺さっていた。まったく意味の分からない展開にお互いの顔を見合わせていた所、ヒギリが何かに気付いた。

「この矢の角度、上からじゃないと不可能な向きですね。・・・ということは」

そのヒギリの推測と同時に木の枝から黒い影が降りてきた。あまりにも早い動きに驚いたのか優太は尻もちをついていた。ハットからのぞく赤紫の髪、キレのある目、そしてその女が持つ真っ赤な弓矢。特徴的なその弓矢に目を奪われた。

「だ、誰だ?」
「・・・フンッ」

その弓矢を持つ女はそう言い残し立ち去ろうとしていた。魔物に刺さっていた弓と女の持っていた弓が一緒な所から打ってくれたのは彼女だろう。

「ちょちょちょ、あの!」

愛華がその女の肩を掴んで引きとめると、今まで少し早歩きだった女がぴたっとはなにかブツブツと聞こえるか聞こえないかの声で唱えるように言い始めた。愛華の掴んだ肩が微かに震えている。なにかあったのだろうか、愛華は彼女の顔を覗き込むように顔を傾けた。

「!!ち、〜〜..く〜..!!」
「は?なんだって?」
「ち、ち、ち、近寄るな人間!!くさいんだよ!!」

くっさ!くっさ!人間臭い!いきなり叫んだかと思うと愛華の手を払いのけかなりの早さで後退した。その顔は獲物を狙う狼のような顔だった。一体なにか私達がしたとでもいうのだろうか。相当毛嫌っているのか矢こそ引いてないものの弓矢をこちらに向けている。

「・・あの方はエルフですね。耳を見てください。エルフである証が」

ヒギリに言われて改めて3人は敵対審丸出しの彼女を見やる。確かに普通の人間よりかは耳が尖がっていた。その隣で少女が自分の耳を触っていたのが見えた。その彼女も多少ではあるが耳が尖がっていた。愛華の視線に気づいたのか少女はチラッと愛華を見、ボソッと私はハーフエルフよ、と呟いた。

「エルフは人間を嫌う種である、と昔聞いたことがありますが」
「そうだ、大嫌いだ!だから近づくな!」

この世界にもエルフ、そしてハーフエルフといった人種がいるらしい。ゲームをやっていると自然に分かってくる世界観。その中でも人種が違う、といったケースは少なくなかった。寧ろ最近は多くなってきたのかもしれない。そしてそのゲームの中で聞く【人種差別】。もしかしたらこの世界にもそれは、存在するのかもれしれない。
「よく分からないけど、ありがとな!」
「・・・フンッ。目ざわりだっただけだ。」

いつまでもこの生い茂った森に居座る訳にもいかないから私達は動くことにした。日が暮れると色々ややこしくなる。それだけは避けたかった。少女との話はそれからでも遅くないだろう。と考えていた愛華は先を歩いている・・エルフの彼女の後姿がいつまでも見える事に疑問を感じた。

「・・・おい人間、いつまで付いてくるつもりだ。お前らに用はない。あたしの前から消えるんだな。」
「いや、私達もこっちに用があるだけで・・・さ」

一瞬彼女は目を細める。紫色に光るその目は何かを一点に見つめている。眩しそうに。

「・・・ここはモンスターが多い。安全な場所に着くまでの間お前らがあたしの後ろで歩くのを許す。だが!距離は空けろ!」

いきなり改心したように周りにまとっていたオーラが少し丸くなったような気がする。少し、だけ。彼女は思い当たる節があるのか、少し考える動作をしていた。何故か今まで会った人達は何かを裏で隠している様な行動をとる。それはわざとなのか、それとも。
「本当ですか?助かりますよ。」
「なっ、方向が一緒なだけだ!」
それとも、只たんに正直じゃないだけなのか。


「そういやさ、ちゃっかりお前いるけど、誰なんだよ」

隣でうんうんと頷いていた少女に優太は話を振る。もし何かあっても前を歩く彼女がいるので安心だ。少女はいきなり話を振られて少し困るように人差し指で顎を掻き、口を開いた。 「え、私?あーうん、なんというか」

恐らく強気であろう少女にしては珍しく言葉を濁し、目を泳がせている。何か都合の悪いことがあるのだろうか。

「私は・・そう、通りすがりのガンナーよ!!それに只のガンナーじゃないの!!」

突然目を輝かせ自らの胸をどんっと叩き主張する。その行動と共に少女の金髪が揺れていた。隣には先ほどまで地面が割れるのではないかというくらい足音を響かせていた・・・モンスターとでも言うのだろうか。やけに少女に懐いていて、感情を持っているかのように静かに愛華達の話を聞いていた。

「あの・・さ、聞いておいて失礼だとは思うんだけど」
優太が片手を挙げ少女に質問するように話しかけた。少女のなに?という声が弾んで聞こえた。どうやら少女はこの状況を楽しんでいるようだ。

「ガンナーって、なに?」

・・・。

「はぁ??あんなガンナー知らないの?!」

信じられない!とでも言いたげに口をあんぐりあけ、ついでに目も見開かれている少女は私達を見渡す。知らないのはコイツぐらいだ、とでもアイコンタクトすれば呆れたようにため息をついた。チッ、と舌打ちが聞こえたような気がするが、気のせいにしておこう。

「アンタ、相当の馬鹿ね。ガンナーなんてこの世にいっぱいいるわよ。まっ、私はその中でもトップクラスなんだけれども?」
横目で優太を見やれば、そうなのか、へーと鵜呑みしていた。コイツは馬鹿と同時にアホなんだな、とため息をつけば、少女はキッと私を睨んできた。

「あんた、信じてないでしょ!!どうせそこらへんのガキと一緒にしてっ!」
「は?どう見てもガキでしょ?」
プライドが高いのだろうか、顔を真っ赤にしてうっさい!!!と叫びぎゃんぎゃんと吠え始める。裏で舌打ちが聞こえたよ?と伝えるとグッと歯ぎしりし、言うんじゃないわよ、と黙って前に向き直った。本人にとっては黙っててほしいものだったらしい。

「ごほん。ガンナーは基本銃を使うの。ほら、さっき私が使っていたでしょ?」
そう言って、さっき隣の木がかわいそうに的にされていた銃を腰から抜き優太に見せた。綺麗に手入れしているのだろうか、その銃は傷一つなく小さな少女の手に収まっていた。

「でも私は銃は好んで使わないわ。そのーなんというか、この子との方が息があって。・・・・めんどくせぇ。見せた方が早いわね。」

見てて、そう少女が言うと遠くで飛び跳ねていた小さめのモンスターに銃を構え、標準を合わせた。パンッという音と共に弾はモンスターに当たったらしい、そのモンスターは倒れたかと思うと、もの凄いスピードでこっちに寄って来た。

「おいおい、あれ大丈夫なのかよ!?こっちに寄ってきてるぜ?」
「まあ、見てなさいよ」

そういって少女はモンスターに向かって手を差し伸べた。すると不思議なことにそのモンスターは頬を少女にくっ付けるほどに懐いていた。どう?と私達を見て鼻を鳴らしていた。無性に、ムカつく。

「自分の力がモンスターを上回るときにだけ発動する、特殊な銃なの。こういう風に小さいモンスターだったらすぐ懐いてくれるんだけれど、この子みたいに頑固でおおきなモンスターはなかなか大変なのよ?今は大の仲良しなんだけれど。これを使役と言うの。」

ね?と隣で大人しく歩いているモンスターに少女は話しかけるとウォオンとそのモンスターは鳴いた。相当懐いているのだろう。だがお世辞にも可愛いとは言えなかった。

「だから私は滅多に銃を使わないの。それに・・・さっきは久しぶりに銃を使ったもんだから少し命中率が低くなっちゃったっ」
「なっちゃったっ、じゃねーだろ!あの時スレッスレで弾通り抜けていったぞ!!」

想像しただけで怖えーよ、と青い顔になって自らを両腕で優太は抱きしめていた。確かに少しずれていたら優太の体を貫いていたかもしれない。
「それにさっきのモンスター、意外にレベルが高かったみたいね、この私でも使役できなかったわ。普段はモンスターを使って戦う。」

あ、そうそう。そう言って改めてこっちに少女は向き直り、スカートを少し上げて頭を少し下げる動作をする。

「私はシュガテール。そしてこの子はポチ。可愛い私の大切な相棒よ。よろしく」

にこっと笑う目の前の少女、シュガテールは銃をクルクルと回し、腰にしまった。しばらくはお世話になるわ、主に今まで黙って聞いていたヒギリにそう言うと隣をさも当たり前かのように優雅に歩いた。行動からすると、どこかの偉いお嬢さん、といった所だろうか。そんなオーラが漂っている。少しの間ジロジロ見ていると何見てるのよ、と睨まれた。

「通りすがりと言っても、こんな所を歩いていたとは、なにか事情があったのですか?そうでないと、こんな所通らないと思いますが」
ヒギリの的確な指摘にシュガテールは一瞬うっと怯んだが、別に、本当にただの通りすがりよとそっぽを向いてしまった。家出でもしてきたのだろうか。

「あぁああああくっそ腹へったぁあああ!!」
「うるさいぞ人間!!」

優太の叫び声が癇に障ったのか少し間を開けていたエルフの彼女はそう優太を指摘する。確かにこの世界に飛んでから何も口にしていない気がする。

「もうすぐすれば着きますから。そうしたら私が作りましょう。ほら、見えましたよ。」
ヒギリの視線の先には先ほど寄った町とは規模が全く違う街が広がっていた。人の数も倍以上で、ふと自分がこの前歩いていた横断歩道の人気の多さを思い出した。あっちの世界では今頃私が居なくなったのを気づいた誰かが探してくれているのだろうか、それとも、時間が止まっているのだろうか。

(あれ・・・?どうして)

さっきまで今までの平凡で平凡な日々が嫌だったくせに、いざ両親や友達の顔を思い浮かべるとかっと目頭が熱くなってしまった。

(・・・。)

「おい愛華よそ見してんじゃねぇ!」
「へ?」

いきなり優太に叫ばれて思考が一瞬停止したが、振り返ってみればもう目の前、といってもいいくらい近い距離にモンスターが迫っていた。

「くっ、そこにもいたのか!」
前を歩いていた女は他のモンスターと戦っていた。手を離せなかったのだろう。しまったわ!とシュガテールが叫ぶと同時に優太が愛華の前に立ちふさがっていた。

「ど、どけよぉお!」

前に出たのはいいが何も構えていなかった優太はただモンスターの攻撃を食らっただけに留まった。うっと唸って脇腹を押えるが浅いとは言いがたいがかすり傷程度で済んだようだ。

「あんた本当馬鹿なの、ね!」
シュッと手をモンスターの方へ向けると同時にポチが突進する。衝撃が強かったのかかなり遠くまで吹っ飛び、どこかに走り去ってしまった。

「愛華さん、どうかなされたんですか?」
「・・・少し考え事・・それより!あんた大丈夫なの!?」
「へへ、また怒られちまうな」

そうニカッと笑って心配と呆れたため息をつくヒギリにごめんと謝り進もうぜ、と歩を進める。大したことはないようだった。

「・・今回は私の不注意ね。それは謝る。ごめん。でも、あのとき無闇に出るなってあれほど・・!」

愛華の声を遮るようにヒギリが目の前に手をかざす。触れるな、ということなのだろうか。私には理解できなかった。

「うぉーー!でっか!」
悶々としているうちにどうやら着いたようだ。優太のやけに耳に残る声にまたハッとした。駄目だな。一点に集中しなきゃ。
そこには色々な風景があった。見せの数も多く一つ一つが様々で少し目がチカチカする。

「・・・あたしはここまでだ」
「お、おう、ありがとな!!」
フンッと言って彼女はどこかに消えてしまった。一体、彼女は何をしたかったか。何を伝えたかったのかは少しあやふやだが、頼りになったのは間違いない。素っ気ないわねあの女、とシュガテールが呟けば愛華はあんたもね、と突っかかる。そんな二人の間に割り込んでまぁまぁと制止するヒギリは赤い屋根の店を指差した。

「ここは種類豊富ですから、ここで武器などを揃えましょうか。お腹もすいたでしょうし、私が作ってさしあげましょう」
「ヒギリ料理できるの?」

愛華が少し驚くように聞けば、趣味程度に作ったりするんですよ、と笑顔で言われた。女の私とか大違いだ、私は前作った卵焼きが、黄色いハズの物が全部黒で染まっていてお母さんに失望させたばかりだというのに。察したようにこっそり教えてあげましょうか、と囁かれたが丁寧にお断りした。ほっといて下さい。

「楽しみだわ。うーん、私も色々揃えようかしら」

その前に優太さんの治療が先なんですけどね?ヒギリはガシッと優太の腕を組み隣の宿屋に入って行った。なんかこんな展開前にどこかで見たことあるような気がするのは私だけだろう。自由人のシュガテールはすでに隣にはいなかった。先が思いやられる、そう思いながら髪をかき分け歩を進めた。

「こんなもんですかね」
パンパンっと手を払い優太の腹部を見やる。前に怪我した丁度隣に位置するその傷は思った以上に痛そうだった。さっきまでどこかにふらついていたシュガテールが戻ってきたのもあるのか厨房を借りてきます、とヒギリは部屋を出て行った。

「・・あんた、前にも腹切ったの」

あまりにも傷が痛々しく残っているのを見つけたのか腹部を見つめながらシュガテールは問う。ポチは疲れたのか部屋の隅っこに移動し寝息を立て始めた。
「これはー・・、まぁ色々あって」

優太はちらっと愛華の方を一瞬見てあー腹減ったと怪我した腹部を隠すように服を着た。シュガテールは何かが引っかかるようだがそうね、私もよと優太の隣にある椅子に腰掛けた。その拍子にシュガテールのポケットから何か堅い物が落ちた。

「・・?シュガ、なにか落ちたわよ」
「なによその呼び方。私達が親しいみたいじゃないの!・・あ、あれ!?」

自分のポケットを触った途端顔色が急変し、いつも入っていたものがないことに気付いたのか椅子が倒れる程勢いよく立ちあがり辺りを探し始めた。

「なにやってるの、これだってば」
愛華がそのシュガテールの探し物を拾って掲げれば、よかったとため息をつき、愛華の手から奪い取った。よほど大切なものなのだろうか、額にはうっすら汗をかいていた。金色に光る懐中時計。ボタンを押せば時計が開き、中が見えるようになっているのだろう。

「なんだ?それ」
「・・これは、私の命より大切なものよ。私の・・私の大切な人から貰ったものなの」

ぱかっと音をたて開いた懐中時計の中には二人が並んでこちらを向いている写真が貼っていた。幸せそうに笑う男女、小さい方はシュガテールだろう、男の手を握って笑っている。時計の針は止まったままだった。

「な、なに見てんのよ!」

見られていたことに気付いたのか素早く懐中時計をポケットにしまい、また椅子にドスンと腰かけた。顔は火照っているのか少し赤い。タイミング良く部屋の扉が開いたかと思うと、いい匂いが部屋に充満する。ヒギリが両手に料理を持って戻ってきたようだ。
「あまり手の込んだものは作れなかったのですが、ここの主人さんに頼んで食材を少しばかり分けてもらいました。」

わぁ!と歓声があがりヒギリが作った料理を皆で囲む中、外の明かりは既になくなり、すっかりと暗くなってしまっていた。長かったようで、短かった1日が、やっと終わったような気がした。この世界が、日が落ちたことで1日が終わる、とは限らないかもしれないけれど。まだ私の中ではなにも解決してはいなかった。

「部屋を2個取っておきました。こちらの方に私と優太さんが、もう一つの部屋は愛華さんとシュガテールさんが使ってください。朝ちゃんと起きてくださいね」

と、半分追い出されるように二人は部屋を出て行った。といっても隣の部屋なんだけれども。広くはないが、狭くもない部屋は二人には丁度いい広さで過ごしやすそうだった。

「なんで私があんたと同じへやなのよ!」
「それは私のセリフね」
なんですって!とまた取っ組み合いになりそうなのをお互い必死に抑える。ヒギリが居ない今の状況では収集がつかないからだ。それは本人が一番よく分かっている。ハッウザッ!そう文句を誑しながら金髪を二つに結えていたシュガテールはその髪を解き、ベッドに勢いよくダイブする。意外にも長いその癖がある髪が、ベッドと共に跳ねていた。

「・・そういやあんた、ハーフエルフだって言ってたね」

横を向いたときに少し出ていた耳をふと見て、愛華は思いだした。エルフの彼女が人間嫌いと主張していた時に、まるで独り言のように呟いていたのを今でも覚えている。

「えぇ、そうよ。・・なに、あんたもしかして」

ジトッとした目で見られる。シュガテールはお前も他の奴らと一緒なのと言いたいのだろう。私の考えは違う。たとえ人種が違っても皆同じように笑い合っている。それになんの差があるのか寧ろ私は分からない。

「私は違う。私は人間も、エルフもハーフエルフだって、なんら変わらないって思ってる。そこらへんの奴と一緒にしないでよ。それに?嫌ってるんなら私は今あんたと喋ってないよ。寧ろあんたの方が変わってるんじゃないの?」
一瞬目を見開き、フッとシュガテールは笑うと、目を閉じながら言う。

「私が変わってる?あんた程じゃないわ。エルフやハーフエルフを嫌わない人間なんてそうそういないわ。といっても、最初から分かってたんだけど、ね」
「なにが?」

そう問うと、秘密、と顔を隠すように枕に押し付けた。妙に気になって何回か聞いても教えないわよ、自分で考えなさいよ、と突き放される一方だった。やっぱりエルフやハーフエルフは人間に嫌われている、という認識は根強いのだろうか。なにか、少し寂しい。

「あんただって、私達と普通に接してるじゃないの」
「私を普通のハーフエルフと一緒にしないで頂戴。別にもう慣れっこだし、そもそも私達を嫌うような人と言葉なんて交わさないわ。だから、アイツもどこかで思っているハズよ、私と同じような事を」

アイツ、とは助けてくれたエルフの彼女なのだろう。確かに嫌い嫌いと言われてきたが結局この街までついてきてもらったのだ。悪い人だとは思えなかった。人種差別がなくなる世界に、なってほしい。そう思った。





重い瞼を閉じて再び開けるときにはすっかり周りは明るくなっていて、ポチのドアップで覚めた目はうつらうつらとリズムをうっていた。それにしても、早い、早すぎる。目の前にある相変わらず豪華な料理に一体ヒギリは何時に起きたのかと疑問を抱く。フリル付きのエプロンをしたヒギリの笑顔が眩しすぎた。

「よいしょっと、このくらいか?」

道具屋にも立ち寄り色々と補充し終えたところだった。なにか奥が騒がしい。ちょっとした人だかりができている。少しいってみましょうか、そのヒギリの言葉で一行は歩を進めると、なにか顔見知りの人物が二名ほどいた。1人は会いたくもないような顔だった。

「ねーちゃん綺麗だねぇ?どう、朝の一杯!」
「ち、近寄るな!触るな気持ち悪い!!」
聞き覚えのある声、そしてうさんくささと漂う酒の臭い。まぎれもなく、前に会ったあのおっさんだった。そして絡まれているのは人間嫌いのエルフのあの助けてくれた彼女だった。相当嫌がっているがおっさんの方はめげずに絡んでいた。そりゃぁ人だかりができるわ。というより、野次馬。助けようと思っている奴はいないようだった。


「んなぁぁにしてんのよ〜〜!!」

少し助走をつけて走った愛華はおっさんめがけて足を蹴りだした。綺麗にみぞおちに当たった愛華の足は華麗に地面に吸い込まれるようにつく。おぉ、と拍手する人さえいたほどだ。わらわらとちょっとした劇が終わった後のように人だかりが散っていくなか、愛華は座り込んでしまった彼女の肩を支えた。

「いでぇ!!!!なにす〜って君ら前の!!」

少し抵抗はされたが前のように手を払いのけはされなかった。すっかり気が滅入ってしまったのだろうか、前ほど言い返す元気はないようだった。後ろでシュガテールと優太がおっさんを蹴りあげている所を笑顔で見ているヒギリが一番恐かった。
「・・・まぁこれくらいかしらね、行きましょうよ、時間は待ってくれないわ」
「うーん、そうだな。立ち止っててもなにも始まらない、そうだろ?」

前優太に言った言葉を覚えていたのだろうか、見事自分の言葉にし、私に確認する。なんだろう、日に日にコイツは成長しているとでもいうのだろうか。いや、それはないな、と首を振って全否定する。そうであってほしい、だなんて願いがあるのかもしれない。

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」
「ちょっと・・待ってくれ」

下の方から声が聞こえると思ったらよろよろとした動きでエルフの彼女は立ちあがった。あまりにも危なっかしいから支えてあげると触るな!と言いながらも腕を引っ張りながら立ちあがる。素直じゃないだけなのかもしれない。

「このまま別れるのもあたしの気が収まらない。丁度旅を・・していてな。礼というのもなんだが、お前たちに付いて行く」

無論、お前らを認めたわけではない、勘違いするなと、目は鋭く光っていた。愛華はその抵抗ですら今の状況では可愛く思えた。人数が増えると同時に戦力も増えて、・・怪我人も減る。それはなにより有難いことだ。

「あたしはディアだ。よろしく頼む」
「もう!素直になればいいじゃない!」
シュガテールがディナの肩をバンッと叩けばうっと唸って後ずさりする。人間嫌いもあるようだが、そもそも人見知りなのだろう。今まで人との接触を避けてきた為に言葉のコミュニケーションが苦手なようだった。これからもっと賑やかになることだろう。

「・・いいねぇ、青春って感じがするよ、おじさん。」

さっきまで隅っこで完全に伸びていたうさんくささを放つおっさんが、何事もなかったかのようにいつの間にか優太の後ろに立っていた。その優太の首をがしっと腕で掴みおっさんは何か閃いたのかにかっと笑って見せた。

「ねぇ君ら、俺もついて行っていいかな!いいよね、はい決まりー」

答えは待っていないとばかりに勝手に決め付け優太を半分引きづりながら先頭をきる。このおっさんはいきなり現れたと思いきや今度はついて行くだなんて、意味が分からない。引きずられている優太の顔が、首がしまっているのか少し苦しそうだった。助けを求めるようにこっちにアイコンタクトするも知らんとそっぽを向くシュガに何故か共感してしまった。

「待て!お前がついて行くなんて聞いてないぞ!汚らわしい!」
「その前に誰よコイツ。あんたらの知り合いなの?」

シュガテールがヒギリに話しかけるもさぁ、と両手を広げる辺りしらんぷりを通すつもりのようだ。というより、そもそも前に少し会っただけだから知り合いだなんて言えるようなものじゃないのだろうけれど。というより、知り合いにもなりたくない。

「ちょ、お前ら酷くない??前感動的な出会いしたでしょーよ!ほら酒屋でさぁ!?」
「いいから離、せ!おっさんこそフラフラして何してんだよ!」

肩に乗っていた腕を優太は振りほどき、ポチにダッシュして噛め!と命令するも、まるで呆れたとでも言わんばかりにシュガテールの後ろで欠伸をしていた。主人の命令以外は聞かないお利口さんなのよ!とシュガテールは鼻をならしていた。

「俺?いやーこの年になると初めて、やりたいことがなにも達成されてないんだなーって思ってよ!お前らよりは絶対先が短いんだから、楽しく生きてやろうと思って。」
お前らはなかなか面白そうだしな、と心から楽しんでいるように振る舞う目の前のおっさんは、見た目が老けている少年、という感じがした。子供くさい、と言えばいいのだろうか、うさんくささをもっと引き出させるには十分だった。

「いいじゃないですか、本人がついて行くと言っているんですから。戦力は少ないよりは、多い方が断然有利になるんですから。ね?」
ヒギリは納得させるように皆を見ながら首を傾ける。案外すんなりと皆は首を縦に振った。一人を除いては。

「冗談じゃない!なんでこんな奴と・・っ近づくなと言っただろう!」

相当さっきの出来ごとが癇に障ったのか手で追い払う仕草をしながらディアは顔をしかめた。いいじゃないの、と近づく辺りこのおっさんには学習能力がないようだ。あ、そうそう。とディアに向いていた顔をこちらに向け、無邪気な顔でにかっと笑った。

「おっさんじゃなくて、俺はゲオルゲ。イケメンゲオルゲ君って呼んでくれても構わないぜ」
シュガテールの掛け声と共にゲオルゲの悲鳴が聞こえたのは言うまでもない。



「なぁ、その・・・隣にいる化け「ポチよ」あぁ、うん。そのポチくん・・?一体それ何」
先ほどポチに噛まれた歯型をいててと押さえながら控えめに、ゲオルゲはシュガテールに問う。気になってしょうがないようだ。最初は驚いても仕方がないだろう。シュガテールの倍はあるモンスターが隣を普通に歩いているのだから。
「私の相棒よ。もう説明なんて面倒よ?他に聞いて」
「うーんまぁなんとなく分かるから大丈夫。モンスター使いのガンナーって所だろ?腰の銃、相当良い奴使ってるな」
「な!なんで知ってるのよ!」

今時珍しくもないし、お前らの倍生きてんだぜ、俺。と言い両腕を頭の後ろで組む。見た目とは全然想像もつかないが、頭の回転は良いらしい。私達の事がばれるのも時間の問題だな、と愛華は思った。いや、ヒギリに関してはもう分かっているのかもしれない。あの青い目にはなにが映っているのか、私にはまったく読めない。

「皆・・・少し、いいか。動物の様子がおかしい」
ここら辺にはモンスターの他に多少ではあるが動物の姿も見えた。ディアの掛け声と共に一行は足をとめ、それぞれ何事?とディナの顔を見つめ、言葉を待った。ディナはシッと言い目を閉じ、その鋭い耳で周囲の音を拾っているようだ。そして大きく耳が動いたその時だった。

「伏せろ!!」

ディナのいつもとは違う大声と共に大地が激しく揺れ始めた。その揺れは徐々に激しさを増し、ついには亀裂が入るほどにまで至った。動物は驚いて森の茂みに隠れていった。

「なんだよこれ!地震か!?」
「それにしては・・いきなりすぎませんか・・っ!皆さんあれを!」

しばらくの間揺れは続いていたもののやっと収まったという所だった。ヒギリが珍しく目を見開き上空を見つめていた。今まではなにもなかった、あえていうとすればそこは山だった。なにもない、只の山。それが信じられないほど、形を変えてそびえ立っていた。

「う、嘘よ・・・!そんな、そんなハズ・・!」

突然シュガテールが頭を抱えながら座り込んでしまった。一人ブツブツとなにかを確認するかのように。時々聞こえる、もう遅かった、とはどういう意味なのだろうか。話しかけてもただ一人首を振るだけだ。

「・・・知っているんですか、あれの正体」
ヒギリはその何もない所に突然現れた“城”らしき建物を指差した。そう、なにもなかったただの山は城に変わっていたのだ。数年埋まっていたのだろうか、少し土を被っている。恐らく地震と地割れはこの建物が表に現れた拍子に起こったものだろう。もう完全に、頭はついていかなくなった。今自分が立たされてる状況が良く理解できないし、これがなんの意味を持つのかがまったくもって分からなかった。一体この世界は私達に何を伝えたいのかが、本格的に理解できない。私達はここに必要な存在だというのだろうか。

「意味分からねぇよ!一体この世界は何が起きてるってんだよ!」
愛華の心境は優太も一緒だったのだろうか、少しヒステリックになりながら叫んだ。落ちつけ、とディナは優太を制止しシュガテールを立たせた。一番冷静なのはディナなのかもしれない。ポチが心配そうにシュガテールの周りをクルクル回っていた。

「・・・何も、何も言えないわ。今は」
「・・ゆっくりでいいです。話したい時に話してください」

えぇ、と上の空で答えるシュガテールにあの城は何か関係があるようだ。懐中時計を握りしめながら答えるシュガテールはいつもの強気な面影がなかった。この状況をも少し楽しそうに眺めていたゲオルゲは、およ、と遠くを覗きこむような仕草をした。

「ありゃモンスターの大群が来るぜぇ・・・どうするんよ?」

「良く分からないけど、やるしかないじゃんか!」

愛華はそう叫び、珍しく自ら飛び出していった。その後に優太もついて行く。まだ剣を持つ仕草は少しぎこちなさが残るものの当初よりも大分様になってきたようだ。愛華はグッと腕に力を入れ助走をつけながらモンスターに懇親の一撃を喰らわせる。グォォオと叫びモンスターは散る、その繰り返しがしばらく続いた影響か、少し愛華の足がもたれてしまい、自分の足に躓いて隙を与えてしまった。容赦なくモンスターは愛華に襲いかかってくる。

「なにやってんだよ!」

それに気付いた優太はモンスターの上から剣を振り落として愛華の前に飛び降りた。とどめを刺した勢いでモンスターの爪が優太の肌を傷つける。いやに生々しい音を立てながら散っていくモンスターに愛華は一瞬怯んでしまった。

「お前一回ヒギリの所にすっ込んでろ!」
「で、でもアンタ顔が・・!」
さっきの攻撃で額をを切られたのだろうか、顔を全体的に血で染めた優太はヒギリの方向に愛華を向かせる。走れ!と背中を押すも愛華は納得いかないのだろうかでも!と引きさがらない。その隙をついてモンスターが愛華のみぞおちに突進してくる。一瞬で目の前が真っ白になった。

「お、おい!愛華!?」
「はーあ。何してんだあいつら。おいお前らのけぇえ!!」

呆れたとため息をついたあと、ゲオルゲは両腕に持っていた武器を回転し始めた。と同時に変わる雲の色。まるでゲオルゲが操っているように見えるその雲は武器と一緒に回転し始め電気を放っている。そして次々と現れるモンスターの上に雷撃が降り注いだ。一気に微粒子となって散っていくモンスター。その風景は一瞬にしてまた元通りになってしまった。
「すごい、モンスターが一気に消滅した・・。」


ディナはありえないとでも言うかのようにゲオルゲを見ていた。当の本人はそれに気づいていないのか気づいているのか分からない素振りをし、あーぁと自らの肩を揉んでいた。

「これやると疲れるんだわ。なんせもう年なわけだし」

ゲオルゲは肩で関節をこする音を立てた。今までのその光景を全て見ていながら少し頭の整理をしていたのだろうか、ヒギリがハッと我に返って愛華を抱きかかえ走りだす。
「皆さんひとまず休める所を探しましょう!愛華さんが危ないです!」
シュガテールの頭の中はもう既に一つの事しか考えられなくなっていた。全ては自分の所為、そう自らを責めることしかできなかった。



「ま、こんなもんでしょうか」
「ごめん、ヒギリ」

私が目を覚ました時にはすでに軽く日は落ちていて、空が赤く染まっていた。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。そこは何もない野原だったが簡易的なテントが立っていることからここで野宿するのだろう。この状況でも冷静な自分に少し腹が立った。

「いえ、いいのですが。あまり無理はしないで下さい。貴方は女性なのですから」
そういってヒギリはホットミルクを渡してくれた。甘くて、とてもいい匂い。昔からハチミツが入った甘めのホットミルクが大好きだった。いつもお母さんが作ってくれたっけなぁ、と思うあたりまだ親離れ出来てないのだろうか。少し苦笑した。

「そもそもこの人間が悪いんじゃないのか?ずっと一緒にいたのだろう?」
ディアが弓の手入れの中手を止めて愛華に問う。風に揺れる髪を邪魔そうに耳に掛けると、お前を庇う気もないのだが。とまた手を動かす。それに続き逃げるのは関心しないねぇ、とゲオルゲが少し笑みを浮かべながら優太を見る。あながち間違ってない、と優太は目をそらした。

「違うの!優太は・・関係ない。全部私の気の緩みからだから。」
「愛華・・」

優太が全部悪い、というような空気に耐えきれなくなり愛華は声を張る。あのときは確実に自分が自らの足に躓いてヘマしただけだった。それを直接見ていない二人には分からないのだろう。私が正当化されて、コイツが悪役になる。今まではどうも思わなかったことだったけれども、今は無償に腹が立っていた。どうやらこの世界に来て感覚の他に頭もおかしくなってしまったらしい。

「に、してもだ。だからお前は「ディア!・・もうやめて」
ディナの言葉を遮り、愛華はまだホットミルクが入っている紙コップをヒギリに渡し、寝ころんだ。もうこの話はやめにしたかった。これ以上、混乱したくない。その会話を黙って聞いていたヒギリは愛華から紙コップを受け取りそのミルクに映る歪んだ自分を見つめながら口を開けた。

「・・・シュガテールさん、何か話したい事があるのでしょう?」
「・・え?」
察しのいいヒギリの事だ、シュガテールが先ほどからせわしない事に気付いたのだろう。地面から出てきたあの得体の知らない建物が表に現れた時から、様子がおかしくなったのはヒギリじゃなくとも皆が気づいていたことだった。カチカチとひたすら懐中時計を開け閉めする動作をやめ、シュガテールは目を伏せた。

「『遅かった』とは、どういう意味なんだ」

ディアがことりと弓を置き、シュガテールに問う。この一件の惨状を見てしまえばさすがのディアにもほっとけないと思えるもので。
このまま何も見えないフリをして過ぎ去るなど、性分にあわないし、後から後悔することだろう。だから昔から御人よしと呼ばれるんだなと改めて思っていた。少し間を置き、シュガテールは目を開ける。その目には膜が張っていて、今にも涙が零れ落ちそうだった。

「っ、計画は、始まっていたのよ。なにもかもがもう、終わりを告げる」

一人黙々と語りだすシュガテールに、意味が分からないと優太は言葉を並べる。確かに計画は始まっていたと言われてもなんの計画なのかも分からないし、そもそも終わりとはなんの話だ・・・?皆が疑問の渦を巻いていることが分かったのか、シュガテールは少しイラつきながら地を蹴った。その反動で炎が揺れる。

「〜!だから・・もう!さっきあんたらが見た城みたいな建物!あれ、見えないかもしれないけど兵器なの!兄さんが前から計画してきた“生命力貯蓄計画”には欠かせない、エネルギーの塊、それが・・!」
「さっきのアレ、だってこと?」

少し理解できたのか、ゲオルゲがほう、と顎に手を添えてシュガテールに確かめる。えぇそうよ、と少し乱暴に答えればそういうことかと一人納得していた。なにがそういうことなのか理解できない。生命力貯蓄?どういうことなの?それに今・・・

「そうよ・・・そう。もう、何もかもが終わるんだわ・・。」
「ちょ、ちょっと待てよ!今兄って、言ったか・・・?それに生命力貯蓄計画って一体なんなんだよ!」

絶望的な顔をしてふさぎ込んでしまったシュガテールの両肩を揺さぶり、優太は聞き間違えかどうかを確かめるように聞いた。確かに私も聞こえた、兄という言葉。シュガの口から今まで聞いた事のなかった兄という言葉。もしかしたら前見た懐中時計のシュガの隣にいた長髪の男性は、兄という存在だったのだろうか。

「この世界はね、時期に滅びるようになってるみたいなの。それは避けられない事実。私の兄さんはとある事情で力を求めていた。私にも教えてくれなかった、私より、大切な、事情。私はね、今まであの物体を探して旅をしてきた。あの兄さんが今まで大切に保管していた建物を見れば、兄さんがなにをしたいのかが分かるかもしれないって。色んなことがあったけれど、兄さんを助けれるなら、何度だって立ち直れた。でも、でもね・・・」

そういってとうとう耐えきれなくなったのかシュガテールは自分の顔を両手で隠しながらもう無理だったの、と漏らし始めた。指の隙間から零れ落ちる涙が何故か痛々しくて、見ていられなかった。

「時間は、過ぎるものね。分かってたのよ、もう残された時間はわずかなんだって。でも、兄さんなら私の事待ってくれるかもーだなんて、淡い期待感があって。まさか埋まってるだなんて思わなかったな。そりゃ、見つかるハズないじゃない。本当、私って馬鹿みたい」

最後は自分に語っているようだった。皆一通りの話を聞いて唖然としている沈黙の中、ディアはだから旅をしている理由を離せなかったんだな、と呟いた。私達が旅をしている理由もまだ誰にも言っていない。少しの罪悪感が生まれた。
そもそも私達自身旅をしている理由が分からなかった。だけれど・・・

「それでも・・それでも私は立ち止る訳にはいかないの!行かなきゃ・・行かなきゃ・・!!」
「待って下さい、シュガテールさん。もう夜ですし、今の時期は冷え込みます。行動に移すのは、明日でも十分遅くないのでは?」

でも!と焦るシュガテールの肩をぽんっと叩き、体調を崩せば二度手間になるだけですから。寝ましょう?とお馴染みの笑顔を向けられ、火を消されてしまった。それを合図に皆寝る支度をし始める音が聞こえる。シュガテールは頬を流れていた涙の後を両手でこすり、暗闇の中懐中時計を開けた。浮かんでくる兄さんの顔。今日は眠れそうになかった。





布と布が擦れる音。どうやら隣にいた奴が起き上がったらしい。シュガテールと同じく、愛華は色々思うこともあってか眠れずにいた。目を閉じればさっきまで歩いていた普通の風景、友人、両親の顔が浮かんでは消えていくの繰り返しで愛華は疲れていた。何処行くの?と問えば、あー起こしちゃった?とさも起きていたのが分かっていたかのように聞いてくる。こんな返し方をする奴はアイツしかいなかった。

「その前に寝てないんだけれども。アンタだってそうなんでしょう?」

まぁな、と言って歩き出した優太の後に続いて私も歩いた。やっぱり夜は少し肌寒かった。なんの風景もない、ただの草むら。だけれど昼と夜の視点は違う物で、なにもかもが幻想的に見えた。丁度今日現れたばかりのその物体は、てっぺんを少し雲で覆われながらも威圧的な雰囲気を醸し出していた。丁度その建物が見えるように優太は立ち止った。今日の出来事が、まるで遠い昔の事のように感じた。それほど長いようで、短い。

「未だに、自分の状況がつかめないんだ。俺達はなんでここにいて、何を求められてんのか。」

そういって座り込んだ優太の隣に愛華は立つ。いがみ合いながらも、考えることは一緒のようだ。最初よりかは二人が争うことは少なくなった。それは優太が成長したのか、それとも愛華が丸くなったのか、それは本人でも分からないかもしれない。

「己の運命を知れ・・・。あの声は確かに、私達に何かを求めていた。形には表せない、何かをね。だから私達はここに立ってると思うの」

確信なんてないけれど。それになにかあの声は何か、懐かしいような、覚えのあるような気がしてならなかった。もしかしたら、私はあの声を知っているのかもしれない。少しの沈黙の後、優太は足を放り投げながらハハ・・ッと笑い始めた。何故かそれを見て自分も楽しくなったのか、いつのまにか一緒になって笑っていた。不思議なもので、今だけは色んな不安も消えるようだった。

「ついさっきまではさ、変なボロ屋見つけてー何も考えずに入ってさ。気づけばこんな状況だ。人生なにがあるか分かったこっちゃねーなって思ってたら、ついおかしくなった」
慣れない剣に苦戦しまくり肉刺と傷だらけになった手のひらを見つめ、小さく、それは私にしか聞こえないくらい小さく、呟いた。その背中は頼りない、というものよりも寂しい、と言っているようだった。
愛華も今までの自分を記憶の片隅から探してみた。私もただ、何も考えずにゲーム屋に入った。ただそれだけだったハズだが、今となっては、私達はもしかしたら最初から呼ばれていたんじゃないか、と思うようになってきた。お前はどうなんだよ、と聞かれれば、私は・・と前を愛華は見据える。迷いがなくなったわけではないようだ。間を開けて、愛華はそうだった、と笑みを浮かべる。

「・・なにもない人生よりは、ゲームみたいな、しかも難易度はMAX!そんな人生を私は送りたいな。なにもない人生なんて、つまんないしさ、それに、こういうの楽しそうじ ゃない。だから・・いいのかなって」

眉毛を八の字に曲げ愛華は優太の方向に顔を向ける。愛華は昔から好奇心旺盛で気になったのもには徹底的に付け込むタイプだった。それを自ら思い出したのか、それとも自分の性分には合わないと思ったのか笑みを浮かべた。それは誰からみても心からの笑顔ではなく、どこか寂しい、顔に張り付けたようなものだった。優太はそんな愛華を見て気がきではいられなくなったのか話をそらそうと必死に話題を探す。
「ああぁ、ほら、その・・。傷、痛むだろ?元はと言えば俺のせいで・・・。ごめん」
「だからこれはアンタには関係ないことだって!アンタこそそのでこ・・・!」

ふと昼間におきた出来ごとが脳裏に浮かび、とっさに言葉には出したものの余計空気の場を崩してしまった。そんな自分がもどかしくて、自分の頬をぱんぱんと2回叩くと、何事かと優太に丸い目を向けていた愛華の隣にすくっと立つ。

「俺、この旅が終わるまでにお前を守れるような男になるよ」
「・・へぇ?」

それは初めて交わした人との約束かもしれない。昔から逃げ腰だった自分の、初めての強がり。それは格好つけとかじゃなくて、ただ純粋に愛華の為にという願いが込められていた。こいつは何を言っているのだろう、とまだ理解出来ていないような愛華にフッと頬笑み、来た道へと戻りながら優太は口を開く。目と目を会わせながら言えないのが、まだ自分が弱い証なのかもしれない。

「まずは、信用させる所から、かな?」
「な・・っ!」

まるで自分の心の中が見えているかのように、一瞬で心を揺さぶる目の前の男はうだぁあと言いながら皆が寝ている方向に早歩きで戻っていく。ちょ、ちょっと!と言いついて行けば、こういうのは俺得意じゃないんだよ、と吼えられた。認めたくはない、だけれど、明らかにそれは、成長した優太だった。信用していない訳じゃない。ただ、自分の中でコイツという存在を認められないだけなのだ。理由は寧ろ、知りたい。
「まぁ色々考える所はあるだろうけど、まずは目の前の事を片付けちゃおうぜ」
そういって指差す先には世界を滅ぼす、と未だに全部を全部信じられない建物がそびえ立っている。聞かれなくとも、最初から二人の考えることは一緒だったみたいだ。分かってるじゃないの、とばんっと肩を叩けば嫌でもお前のお人よしは移るっての、と少し呆れ気味にため息をついていた。
空に浮かぶものと水面に踊るもの。
二つの月だけが、私達を見守っていた。

「寝よう。今日もきっと早いぞ!」




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