赤錆の羽根を打ち砕け 3 



 私の兄は、優しかった。
そして私達ハーフエルフは、嫌われやすい人種だった。 ただ外見だけで判断され、意味の分からない魔法をつかう気持ち悪い生き物だ、と毎日暴言という苦しみを浴びてきた。
何もしていないのに、ただ私達はそこに存在している、それだけで人間達は不満を抱き、私達ハーフエルフの存在自体を消そうとする。白い目で見られる。
とてもじゃないが、そんな人間達と一緒に過ごす、そんな話は不可能に近かった。
元々ハーフエルフは他の人種よりも攻撃力が高い。それを人間達は恐れてハーフエルフやエルフを一つの町に閉じ込めた。
全ては自分たちの思う通りにいかなくなったら困るが故の行動だった。
人間はいつも欲望のままにしか動かない。私はそんな人間達を大いに嫌い、自分の存在を拒絶した。
まだ幼かった私にとって、それは生きる意味を失くしたも同然の行為だった。
それは違う。そう私を怒って頬を叩かれたのは、今でも覚えている。叩かれたのは、それが最初で最後だった。その行為さえ、私は愛を感じられた。
私の兄は、優しかった。兄さんはこの世界の王様だった。俺は民の未来を背負っているのだからしっかりしなくちゃな、と私に話しかけてくれたのは、忘れるハズもない。見えない向こうに向かって走り続ける兄さんの背中がとても誇らしかった。
そんな兄さんと一緒にいることが楽しくて、嬉しくて、しょうがなかった。兄さんはいつも言っていた。人間にも心を持った奴がいるんだよ、と。
兄さんの言葉の通り、兄さんの親友は人間だった。人種を気にしない人間がこの世にはいるんだ。これからもそういう存在に巡り合えればいいな。とその人間は言っていた。それから2年後、その人間は裏切り者だと人間達に町を追い出され、行方をくらました。
今こうやって愛華達と普通に話せるのは、過去にそういう変わった人間を見たことがあるからだ。皆が皆偏見を持たない人間だとは思わなくて、今でも少し驚いているのだけれども。
表には出せないだけで、愛華達と話している時は気持ち気分が軽くなれるような気がした。ディアはそういう存在に今まで運悪く出会ったことがなかったのだろう。
気づけばいいな、人間の温もり。いつのまにかそう願うようになっていた。

なにがあっても動じなかった兄さんの様子がおかしくなったのはつい最近のようで、ずいぶん昔のように感じる。
誰にでも優しかった兄さんは、変わってしまった。人の心を感じれなくなってしまった。
みるみるうちに兄さんは壁をつくっていき、しまいには温もりさえ伝わらなくなってしまった。
あの鋭い目は時々思い出すくらい鮮明に覚えてきて、身震いが起きる程、それは恐怖に近かった。
なにかが、兄さんを変えてしまった。それは兄さんの頭の中に誰かが入り込んで、操ってるようにも見えた。
時々忍び足で兄の部屋に向かえば計画がなんだの、力がなんだの、今まで兄さんの口から聞こえてこなかった言葉が飛び交っていた。明らかにあれは、兄さんではなかった。
見た目を兄で装っているアイツは、私の事を「誰だ?」とまで言い始めた。そいつは兄の記憶を、全て消していた。悲しかった。悲しい時に限って涙は出てこないものだ。今まで俺にはまだ早いと遠ざけていた王様が座るであろう椅子に腰かけ、ニヤリと笑って奴は言ったんだ、民は俺の為に動けばいい。
あの時の私の無表情といったらないだろう。私はアイツが計画して書きこんだのであろう用紙を盗み出し、気づけば町を出ていた。いてもたってもいられなかった。アイツが兄さんを完全に乗っ取るその前に私が兄を救ってみせる。
そう、まだ幼いころ兄さんに大切にするんだよ、と渡された懐中時計に誓って、ポチと未知なる世界に一歩足を踏み出した。
私はただ、あの頃の兄さんに戻って、また笑いあいたいだけだった。写真のように、ただ。
・・・兄さん、私、寂しいな。


「おい!シュガテール!朝だぞ」
「・・・うーん・・ハッ」

気づけば朝だった。朝日が眩しく反射し、思わずシュガテールは目を細める。あれほどに自分が探し求めていたものが目の前にあるにも関わらず悠々と眠ってしまった自分に苦笑した。といっても、一人で行動すればヒギリにばれるだろうな、と考える辺り動く気力もなかったのだろう。とても懐かしいような、夢を見た。

「どしたのよ?」

目を開けてそうそう勢いよく飛び上がったシュガテールにゲオルゲは驚き声をかけた。彼も起きたばかりなのだろう、普段から軽く半目なのに今は開いてるのかすらも少し疑ってしまうほどだった。寝ぐせをぼりぼりと掻き、大きく欠伸をついていた。

「・・なんでもないわ、なんでも。それより」

ヒギリの方にチラリと目線を送り、シュガテールは自分の荷物を整理し始める。それに気づきポチもシュガテールの方へと寄ってくる。腰にかけられた銃の弾を補充するとすくっと立って皆に背を向ける。

「これは私の問題よ。・・巻き込んで悪いと思ってるわ。これからは私一人で行くから、何が目的か知らないけれどもまたどこかで会えればいいわね」

昨日の夜から言おうと思っていた。あの物体は私だけの問題で、この人達には関係ないこと。そもそもついてきたのは私にとってただ都合がよかっただけで、巻き込んではいけないんだ。あの物体の処理は、全て私がやらなければならない。元凶は私の大好きだったお兄ちゃんなんだもの。妹が責任を持たなきゃ。改めてそう決意し一歩足を踏み出した所だった。突然後ろから腕を引かれ少しバランスを崩す。振り返ってみると優太が私の腕を掴んでいた。

「行こうぜ」
「!?」

いきなり腕を掴んできたかと思えば予想だにしない言葉を投げかけられシュガテールは困惑した。この目の前の男は何を言っているのだろう。果たして自分に何のメリットがあるというのだ。握られた腕は少し痛いほど強く握られ、冗談ではないことは伝わった。

「ほう?どういう風の吹きまわしだ?」
ディナが少し嫌みっぽく優太に問う。そう思われてもおかしくないほど、何かがいつもと違った。愛華は機能優太が放った言葉を頭の中で繰り返す。まずは信用される所、から。この男の言っている言葉はどうも冗談には思えなかった。確実にコイツは、変わろうとしていた。

「・・逃げたってどうにもならない、そうだろ!」
「逆に皆さんに聞きますが、反対する方はいないと思うのですが。良くは分かりませんけれども、あの建物がこの世にあってはならない物だってくらい、分かります」

優太をフォローするかのようにヒギリは口を開ける。本を片手にさらさらと何かを書きこんでいたヒギリはぱたんと本を閉じ、後支度をし始める。最初から愛華達の思考が読めていたのだろう、大方の片付けは終わっていた。

「うーんまぁ、面倒なんだけど、お前らだけじゃ頼りないだろ?ここはこの俺がついていかなくちゃーな」
と軽く天狗になっていたゲオルゲが癇に障ったのか、今まで会話を聞きながら弓の手入れをしていたディアは立ち上がりゲオルゲの隣に立つ。

「フンッ。お前なんぞが居なくとも私がいることでバランスはとれている」
「んなーっ!?ちょっと姉さん言いすぎだろ!!」
そりゃあないぜと騒ぎ始めた周りを見ながら、シュガテールがフッと笑ったのを愛華は見逃さなかった。今まで黙って聞いてきたが、どうやら意見が纏まったらしい。シュガテールの前まで行くと、目の高さまでしゃがみ込み首を傾げる。

「皆の意見は同じみたいだよ?どうする、シュガ」
「決めるのはお前次第だ」
それまで唖然として聞いていたシュガテールはあまりにも個性的なメンバーにどきもを抜かれた気分だった。こうも面白い人間には、出会ったことがなかった。それが何故か面白くなりクスクスと笑うと、優太はえ?っとした顔で私を見ていた。

「なんというか、お人よしというか、物好きというか。本当面白い人達ね。自分は何も得することがないのよ?」

それでもついてくる?と問えば、あんな危険なものが近くにあるってのに、何もしない方がおかしいよと逆に笑われてしまった。ここまでくれば何を言っても無駄のようだ。私はつくづく運のいい女だなと実感した。

「分かったわ。行く、行くわ。私の目的は兄を助けることで、それはあの計画を終わらせるという意味でもある。このままこの世が終わりだなんて絶対させない。改めて、兄さんを止めてくれるかしら?」
「もちろんよ」

そう言って愛華は手を差し伸べる。それに答えるかのようにシュガテールは自らの手を重ねた。人間と人種が違えど心は同じなのだと改めて思えた瞬間だった。でもあんたを認めたわけじゃないわ!と歯をむき出せば、上等よ!と愛華は笑ってその手を一回ばしっと叩き背伸びをした。これから大変だ、と呟く愛華の顔は気持ち楽しそうにも見えた。

「決まりだな。行くぞ!目指すはあの城だ」

意気揚々に歩きだす優太の背中を見てヒギリはほほ笑む。あぁ頼もしくなったな、と。それと同時に自分自身に罪悪感が降り注ぐ。もう一人の方は果たして気づいているのだろうか。残された時間でどれだけ進むことができるのか、それだけが不安でしょうがなかった。機会を待つことしか、ヒギリにはできなかった。



「あーぁ、俺、なんでこんな所にいるんだろう」
「お前が勝手についてきたのだろう。今すぐ帰っていいんだぞ。というより帰れ」

目的地にたどり着くべく歩を進めていたディアは、ゲオルゲの言葉を聞いて突っかかる。
あの大きい未だにディアにとっては分からない建物は、近くにあると思っていたが実質そうでもなく、しばらく歩かなくてはならない距離にあるようだった。
隣を歩いている手を頭の後ろに組みながら悠々と歩いている男は、人間の中でも一番といっていいほど苦手なタイプだった。
性格といい、容姿といい、なにより何を考えているか分からない目が大っ嫌いだ。

「うわーおキツイ言葉で。そうじゃなくて、んーまぁいっか」

言葉とは裏腹にやけに楽しそうに言葉を弾ませるゲオルゲは、少し考えるように空を仰ぎ、またディナの方へと顔を向ける。
ニカっと笑って見せるその顔も、苦手だ。
顔に眉間を寄せれば、可愛い顔が大なし、と言われ少し熱を帯びたような気もするが、気のせいだと思いたい。
というより、気のせいだ。

「お前はつくづく意味が分からない。」
「そりゃどーも。・・・後悔ないように生きな、お前さんらはまだこの先長いんだからよ」

エルフは人間よりはるかに寿命が長い。寧ろ人間がどうしてそんなに早く朽ちていくのかがあたしには理解できなかった。ポンっと肩に置かれた手を全力で払いのけ弓を構えるとごめんごめんと両手を出してハイマは謝る。やはり人間は、好きになれない。

「俺はさ、もうこんな年なわけで。やりたいこともできないわけ。んだから先輩として有難い言葉を・・だな」
「お前なんぞに言われなくとも自分の道くらい自分で開く。」

カチャリと構えた弓をしまいキッとディアはゲオルゲを睨んだ。おー恐い恐いと言いながら鼻歌を歌うコイツの余裕は、どこから湧いてくるのだろうか。その考えと同時に少しゲオルゲの言った言葉が少し頭の中で引っかかった。やりたいこともできない、と。十分できているような気もするのだが。存在自体が歩く好奇心のようなものなのに、これ以上コイツは何を求めているのか。あたしには一生分かりそうもない問題だし、特に興味もなかった。

「あーいやそうじゃなくて」

そうゲオルゲが口を濁し始めた時、その前を歩いていたシュガテールがあたし達の話を聞いていたのか少し後ろに下がり、口を開く。少し口元がニヤニヤしているのは気のせいなのだろうか。

「さっきから聞いていれば、あんたも年ね、おっさん。私みたいに『ピチピチさ』に欠けるわ!」
「ぴちぴち・・・!!ば、バカヤロウ!俺だってイケメンって意味じゃあ青年時代だった頃から衰えちゃいねえぜ!?」
「いやそれピチピチっつうかビチビチだろ。もうその言葉すら胡散臭くなってきたわ」

えっへんとでも言わんばかりに両肩に手を当てシュガテールは答える。シュガテールのいう『ぴちぴちさ』とは一体なんなんだろうか。少し難しそうな顔をすれば、用はガキかそうじゃないかよ、と丁度後ろにいた愛華に教えられた。シュガテールは愛華に怒っているが、本当の所はどうなのだろうか。

「まぁ会った頃から老けてるし胡散臭いし、って思ったわ。」
「でも俺渋みがあっていいと思うんだけどな」
ないわーと首を横にふる愛華に、フォローするかのように愛華の隣を歩いていた優太は口を開く。二人だけの会話だと思っていたのが、実際皆聞いていたのかと思うと今更ではあるが少し羞恥心があった。ヒギリは何も言わずにどちらかというと、皆の反応をみて笑っているかのようだった。

「おっ!!少年分かってるじゃねーか!!」

優太の言葉に一気に気を良くしたのか優太の肩に腕を回しバンバンと肩を叩いた。前危うくこの状態で首を絞められ窒息する所だったあの時が、ずいぶん昔のように思えた。もう抵抗したも無駄だと分かっている優太はされるがままに肩を叩かれていた。少しの沈黙のあと、まぁ、と今まで聞いているだけのヒギリが口を開いた。

「加齢臭が、するんですけれどね^^」
「うん」 「そうだな」 「そうね」 「そうそう」

見事にヒギリの意見に皆の答えがハモリその場がどっと盛り上がる。それが解せないのかゲオルゲ一人だけがちょっとちょっと!!と自分の匂いを確認しながら怒る。あぁってなんだよ、皆してよぉ、と少し涙目になっているゲオルゲを見て、冗談ですよとヒギリが意地悪くほほ笑むとそこで騙された事に気づき、カッと顔が熱くり、ぎゃんぎゃんと喚きだした。

「お!街が見えるぞ!」
「ほえ?」

優太の声で一気にゲオルゲは我にかえった。隣のディアの視線が痛いほどに突き刺さっているが、あえてそこは全身全霊のスルーで。

「少し、寄っていきましょうか。」
「そうだな。少し休憩がしたい。」
あれ?疲れたの?とディアを茶化すシュガテールに便乗して俺も混ぜて混ぜて、とワザと体をくっつけると、近寄るな!!と足を踏まれてしまった。このおねーさんは限度というものを知らないらしい。いつか骨が折られそうで恐い。そのゲオルゲの横顔を見てシュガテールは見え隠れする顔の傷に気がついた。その傷は結構古い物なのだろう、痕が消えずに残ってしまっている。そこであれ?とシュガテールは首を傾げる。なぜか、引っかかる。私はこの傷を知っているような気がした。おかしい、でも何故だろう。

「あいつ・・・何処かで・・?」

その独り言を受け止める人はいず、風と共に流れ去っていた。




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