赤錆の羽根を打ち砕け 4 



「うっわ!なんだここ!」

「なんというか・・凄いわね」

優太と愛華は初めて見る光景に目を輝かせた。
ゲームの世界ですら実物として見たことがないから驚いたというのに、またそれとは違った光景が二人の目の前には広がっていた。
分かりやすく言うと、夢の国のようだった。
色とりどりな旗が風と共に揺れている。そしてその中にいてもおかしくない存在がところどころにいるのに優太は気づいた。

「あれ、ピエロか?」
「・・ここは良くサーカス団が集う街でして、年中賑わう所なんです。」

あぁだからそこらじゅうにピエロがいるんだな、と一同は納得した。ヒギリは気持ち落ち着きなく、辺りをキョロキョロとしていた。なにか探している物でもあるのだろうか。ヒギリにとっては珍しい行動に愛華は首を傾けた。

「ふーん、詳しいのね?」
とシュガテールが言うと、・・えぇ、まぁと曖昧な返事が返ってきた。どうやらヒギリはこの街を知っているらしい。前に診断で街を周っている、と聞いたような気がするからその一環でこの街を知っているのだろう。愛華は深く考えずに皆と一緒に歩き出した。

「楽しそうじゃねーの!少し寄ってみよーイテテテ!ちょ、ちょっと姉ちゃん足踏んでる!!」

自然に足を踏みさも私は関係ありませんとそっぽを向きながらディアは前を歩く。皆はそれを見ていながら知らんぷりする辺り確信犯だ。

「まずは全ての準備を整えることが先決だ。今のお前達の状況だと少し危ういと思うが。」
「そうね!行きましょうヒギリ!」

シュガテールはヒギリの腕を引っ張りながらゲオルゲの横を通りすぎる。その際に御一人でどうぞ^^とヒギリは満面の笑みを浮かべて手を振っていた。
い、嫌味な男・・・!
「え?俺も見て「行くわよ」・・はい。」

一瞬パレードが行われているテントを指差した優太は愛華に襟を引っ張られおずおずと奥に連れられていった。そこで既に見えなくなっていた皆がいた場所を見てゲオルゲは気づいた。
あれ、もしかして。
「え、ちょ、置いてくなよぉ〜〜!」

ゲオルゲの存在をすっかり頭の端に寄せた女三人はずらずらと並ぶお店を眺めていた。色々な店があるようだ。その中で愛華はある店に気づき足をとめた。なんだ?とディアが愛華に問うとこういうのも売ってるんだね。と服を纏ったマネキンを指差した。ここは普通の防具屋とは少し違うようだった。


「あぁ、ここね」

とシュガテールは何か鞄の中を漁り始めた。何事かと見ていればピンク柄の可愛らしいカードを取り出した。
「ここは結構有名店なのよ?可愛い服がいっぱいそろってるの!ほら、私だって常連よ?」
と先ほど出したカードを掲げる。そういえばシュガテールの服とこのマネキンが着ている服は少し系統が似ているようだ。フリルのついた服はいかにもシュガに似合いそうだ、と想像していると、あぁ!といきなりシュガは叫んだ。

「ちょっとディア耳貸しなさい!」
「・・?・・・・まぁ、いいが」

と目の前の二人がなにか私の目の前でごにょごにょと話し始めた。時々私の方を向いて喋る辺り私の事でなにか言っているのだろう。うんうん、と楽しそうに首を振るシュガは悪口を言うというより、悪意を持っているようだった。なにか嫌な予感がする。話が終わったのか私より背の高いディアはふむ、と顎に手を当て私を見る。
「まぁ、面白いかもしれん」
「でしょぉっ?そうとなれば早速。」

語尾にハートをつける勢いでシュガテールは両手を合わせ右頬にくっ付ける。そしてその顔は一気に変貌し、ふふんと鼻をならす。作戦、実行だ。というディアの言葉を掛け声にシュガは私の腕を自分の腕と絡ませぐいぐいと店に引きずる。

「さぁ大人しくするのよ愛華!今よディア!」
「人間にはあまり触れたくないのだが、仕方あるまい」

そういってディアは愛華の背中を押し始めた。どんどんとお店との距離が近づく。そして状況が全く掴めない。こんな可愛いお店私には合わないよ、と叫べばいいから入りなさいよともっと強く引かれる。いい加減痛くなってきた。しびれを切らしたのかディアはどこからそんな強い力が出るのかというくらい強く背中を押し、愛華は半分飛びこむようにお店のドアに突っ込んだ。
「ちょっと意味分かんな・・え、あんたらなにしてんの、ちょ、うわぁああああ!?」


そのころ男三人は行方を眩ました三人を探していた。女というのはなんでこうも行動が早いんだと愚痴を零せば、そういうものですよーとヒギリは笑った。やけに分かってるんだなとからかえば何がですか?とはぐらかされる。コイツに言葉で勝てる奴がいるのだろうか。ゲオルゲはというとそこらへんの女に声をかけ始めていた。これだからおっさんは、と呆れため息をついているとある店が目に止まった。

「へー、こんな洒落た店があんだな」
ゲームの世界=古いってイメージがあったから、正直驚いた。最近、とは言い難いが古いとも言えないその服の作りに目を奪われた。自分とは無縁のフリルがついた服の隣にはカジュアルな服が置いてある。どうやら男女どちらの服も扱っているようだ。

「あー前聞いたことあんなこの店。まぁそうそうこんな店寄らないんだからよ、いっそココで服揃えてみれば?お前もいい年なんだから少し見た目からー・・」

ヒギリの肩を触りながら語るゲオルゲに余計な御世話です!と持っていた本を背中にドンッと叩いた。相当良い音したぞ今。少し頬を染めながら失礼ですね、と珍しく少し怒っているように見えた。実は気にしてたりするんだろうか。
自分の心を読んでいたかのようにキッと自分の方に顔を向けると私は見た目は気にしないんです!と言ってきた。俺、何も言ってないけど。
「んでも、前の戦いで少し服破れちまったんだよなぁ、俺」

破けている袖を摘みヒラヒラと揺らすとならば!とゲオルゲは目を輝かせ始めた。いちいち反応がでかいおっさんだな、少し元気を分けてもらいたいくらいだと客観的に見ていた優太はいきなり首ねっこを掴まれうっと唸った。これは痛いからやめてほしい。

「しかたねーから、俺がお前に合う服を探してやろう!!さぁ入った入った!」
「お、おい!俺まだ買うなんて言ってねぇぞ!?あ、シュガにディアじゃねぇか」

無理やり店に連れ込まれた優太は、目の前の試着室の前で立っていたシュガテールとディアを見つけた。その手にはこれでもかと山盛りの女服が積んでいた。シュガテールは軽く顔に汗を浮かべている。一体今まで何をしてたんだこの人達。

「あ!いいところに来たじゃないの!ほら愛華早く出てきなさいよ!」
「うーなんだかなぁ」
そう言ってカーテンの向こうの人物は言葉を濁す。シャッと開ければそこには滅多に見れない格好をしている愛華の姿があった。全体的に前の服より少し見た目が派手になった気もするがそこはそんなに気にならない程度だった。そして何より優太は一番の違いに気付いた。

「なんで私がスカートなんかはかなきゃなんないのよ・・・ってぇ!?なんであんた達がここにいんの!!」

今まで愛華の激しい動きに合わせて動きやすいショートパンツだったものが今は見慣れないスカートになっていた。愛華こそ優太と同い年で学校に通っているものの高校が制服じゃなく私服だったためスカートを穿く機会がない。すかすかとした感覚に愛華は更に顔をしかめた。

「可愛いじゃーん!愛華ちゃんスカートもなかなかじゃんか!」
「フ、人間にしてはまぁまぁだな。」
「とても可愛らしいと思います。似合っていますよ」

三人して愛華を褒めるもんだから耐えられない!!と愛華はスカートを脱ごうと手を掛けるが、させるかとディアがそれを押さえる。そもそもココで脱いでどうするんだ!と問えばスパッツ穿いてるから!と半分涙目になりながらディアに訴えていた。

「さっすが私ね・・!自分のセンスに惚れぼれするわ。ほら、アンタもなんか言うことあるんじゃないの??」
ジトっとした目でシュガがニヤニヤと優太を見やる。シュガの思惑がその顔から嫌でも浮き出てくる。正直驚いた、というのか初めて浮かんだ言葉だった。愛華のスカート姿を見るのは初めてだし、会った時も確か愛華はジーンズだった。なんというか、なんていうのだろう。悪くは・・ない。と言えるハズもなく。

「・・・っ。スカート似合わねーなお前!!」

あぁ、自分はなんて臆病なのだろう。いや、ここはプライドが高いとでもしておきたい。なによりそんな事を、しかも異性に言うという事自体に恥ずかしさを感じてしまった。どうも思っていないハズなのに、不思議だ。
「な、なんだとぉ!?知ってるけどなんかむかつく!面貸しなさい!!」
「正直に言っただけだろ!べーだ!」

こんの・・!と言いながら愛華は優太を追いかける。そりゃぁ、自分で似合うだなんて思っていない。でも何故かコイツに言われるとむしょうに腹が立った。なによ、やっぱり皆御世辞だったんじゃん。恥を晒したような気がしてならなくて、ギリっと手を握りしめた。なにより、コイツに笑われたのがショックだった。

「あ、すみません。あれ一式下さい。」
「え、ちょ、シュガ!?」
と叫ぶ時にはもうシュガテールは会計を済ませている所だった。なんてことだ、私はこの先が見えない旅でずっとスカートで過ごさなければならないのか。またアイツに笑われるのか・・・そう悶々と考えていたらなにか視線を感じて後ろを振り向く。優太が意外にも近くにいたものだからビックリして後ろに倒れそうになるのを、腕を引っ張られてなんとか体制を立て直した。

「人間というものは難しい生き物だな。正直に言えばいいだろうに」
その二人のやり取りを見てディアが一人ふむ、と呟く。分かってないなーとゲオルゲは人差し指をディアの顔の前で振り若いねーやっぱ、と腕を頭の後ろで組む。年が一番近い同志話しやすいのだろうか、よくゲオルゲは近寄ってくる。
「それができたら苦労しないぜ姉ちゃん。さ、青年も少年の服選び手伝えよ!」

少し後ろで見守っていたヒギリにゲオルゲは話しかける。別に気配を隠していたわけじゃないが、何も見ていないゲオルゲが私の立つ位置を把握できていたのはさすがとしか言いようがない。そうですね、とヒギリは一歩前にでる。
「良いですね、青春、ですか」
しみじみとしたため息をハァ、とワザと聞こえるように言うヒギリは相当のひねくれ者だ。クククとゲオルゲは苦笑いを浮かべるとそのヒギリの言葉に気付いた二人が食いついてくる。取っ組みあいしてる程度には仲の良い二人は、見ていて微笑ましい。
「何お前ら悟ってるような顔してんだよ!違うから!」
「そ、そうよ!なんでコイツなんか・・とっ!離れなさいよ!!」
おお、お前こそ!と一気に忙しなくなる辺りがまた初々しい。シュガテールまでもが後ろのカウンターで頬杖ついてニヤニヤしている。
その空気が分かってしまったのか愛華は一気に顔が熱くなった。勘違いしてもらっては困る。こんなヘタレ、私は大嫌いなんだから。動揺なんて、する必要がない。
「あのー会計を・・」

遠慮がちに店員が口を開く。
あぁ、すっかり見入ってしまってたわ。ごめんなさい、とシュガテールは最初見せた会員カードをはい、と渡し続けていいわよ?と意味深な笑顔を湛えていた。
いつの間にか優太の服を持っていたヒギリが隣に並んでいた。どうやら愛華と優太の抵抗を耳にしないで一瞬で服選びをしたらしい。ゲオルゲの知らんぷりでもするような口笛がぴゅーぴゅーとやけに響いた。
「ちょ、お前ら何勝手に買って・・!おい聞けよぉおお・・・・」


「いやーいい買い物したわ。アンタもなかなか似合ってるじゃないの」
うんうん、と顎に手を乗せシュガテールは頷く。それから優太の為に買われたであろう服は、試着室で四の五の言っていた優太を無理やり突っ込んで着させた。
前はどちらかと言うと優太らしく少し崩れた服だったのが、きちっとした服になった。いかにも正義と言うような服だ。前の優太には合わなかったかもしれないが、今は良いのかもしれない。愛華は気持ち関心していた。決して顔には出さないが。

「そうかぁ?勝手に選ばれて勝手に買われたんだけど・・・」
自分の服の袖を掴んで優太は顔を傾げる。今までだぼっとした余裕のある服しか着てこなかったからこう、真面目、と言うとなにか違和感を覚えるけれど、きっちりとした服は着た事がなかったから少しむず痒い。でもその半面動きやすくなったかもしれない。んな!!とゲオルゲは叫び良く聞け!と言い始める。

「決して適当じゃねーぞ!最高ランクに入る服をこの俺が「私が選んだんですけどね^^」ご、ごほん。二人で選んだんだから感謝しろよ!少年!」

最後は完全に誤魔化しているが、ヒギリの笑顔に圧倒されて、隣で見てましたすみませんと吐きだした。
確かにヒギリが選んだと言えば納得できる。服の系統がヒギリらしいし、前の服が動きずらいことを恐らく把握していたのだろう、それを一瞬で配慮できるのはヒギリくらいと言ってもいいのかもしれない。
少しはまともに見えてきたな、というまだ刺々しいディアの言葉さえ昔に比べれば褒め言葉だ。その光景をみて愛華はハッと声を荒げる。

「まだあんたには100年早いほど服がカッコイイわね。服が。」
「二回言わなくてもいいだろ!!」

何故かその言葉が悔しくてまた言い返すとぎゃいのぎゃいのと口論が始まる。本当はこんな喧嘩したくない、と何故言えないのだろうか。そんな自分が憎くてしょうがない。それでもまともに話せる程度の関係にはなったのだろうか、それが妙に嬉しかった。認めた訳じゃ、ないけど。サラっと風が吹くたびそれに合わせて優太の髪が揺れ、額に深く残る痕が現れる。それを見る愛華は今まで止まらなかった口をピタっと止める。あの時の光景がフラッシュバックするかの用に蘇る。鮮明に覚えている優太の顔に滴る、鮮血。

「傷痕、消えませんね」
丁度ヒギリも見ていたのかそう優太に問いかける。あぁ、これか。と気にしていないかのように自分のでこを触りその傷痕を確かめる。あー残っちゃってる、と少し笑いながら前髪でその傷痕を隠した。別に気にしてないさ、とヒギリに言うとそのまま前を歩きだした。その行動を愛華はただただ見ることしかできなかった。心臓が痛い。
「あんたも器用よねー。おでこにつけるなんて」
なにがあってそんな所につくのよとブツブツと呟くシュガの言葉を聞こえないフリをして、本当、馬鹿ねと素っ気なく返した。目をそらしているのは私なのかもしれない。弱いのは一体誰だ、と自分に問いかけても返ってくるのは無音だけだった。あ!!というゲオルゲの叫びと共にその自問自答は強制的に終わる。キラキラと輝くゲオルゲの目は大きいドームを映していた。コイツ何歳だこの加齢臭。

「なぁなぁ!サーカス見ようぜサーカス!」
「はぁ!?そんな暇ないわよ!私達!」

まぁまぁ、と少し楽観視しているのかゲオルゲは余裕の笑みを見せシュガテールの肩にポンッと手を乗せる。どこからこんな余裕が出てくるのだろうか。焦るシュガテールはもう!とその手を払いのけどういうつもりよと食いつく。

「そんなに切羽詰まったって失敗なんかしたら後も子もないからよ?なぁなぁ行こうぜー?」

ダメダメ!とシュガテールに足を踏まれ名残惜しそうにドームを見つめる。
何でそんなに行きたいんだ。とディアが問いかけるとよし!やっぱ行こうぜ!進んだ進んだ!と肩を押された。
話を聞け。

突然ヒギリがピタっと歩く動作を止める。その動きが予測できなかったシュガテールはヒギリの背中に突撃する。痛いなもー!なによ、とシュガテールはヒギリの顔を覗き込むように見ると、まるで石のように目を見開いて固まっていた。どうやらその目はどこかに集中しているようだ。

「・・・私は此処に入るのはやめます。どうぞ楽しんで下さい」
「?どうしたんだ?」
唐突にそう口を開くとヒギリはくるっと皆に背中を向け始めた。何かあったの?と愛華が問うのと同時に、ドームの入り口からあら?という女の人の声が聞こえた。ヒギリの肩がギクっと震えたのを愛華は首を傾げながら眺めていた。

「・・・ヒギリ?ヒギリなの?」
女性は私達が知っている名前を呼びこっちに近付いてきた。え?え?お知り合いなの?とシュガテールが困惑していると私は知りません。とヒギリは頑固拒否した。何故かいつものような穏やかさは見えなかった。なにかこの女性と深い関わりでもあったのだろうか。徐々にその距離を縮めていった女性はいやだなぁ、とほほ笑む。

「なんで知らんぷりするのさ?」
「な、なによこのボイン・・!!」
「ボイン・・!!」

違う意味で食いつく二人をアホか、とチョップする。といってもシュガにはほぼ触れた程度だ。痛てーー!!と悶絶しているゲオルゲと優太を放置し何か考え事をしているかのようにヒギリの前に立っている女性を見ているディアに話しかける。
「・・そうか。やはり人間は分からぬものだな。お前にこのような愛人がいたなんて」
「あ、愛人!?本当なのヒギリ!!」
「マジか!」

ディアの一言を完全に信じ切ってしまった二人は女性の言葉を待つ。ちょっと期待してしまっている私がいた。ヒギリの愛人。そう聞くとありえない気もしたが、まだ実際出会ったばかりでヒギリの全てを知っている訳でもなかった。ゲオルゲが少し残念そうにしながら蹴った石が沈黙した空気に響く。
「あら、言ってなかったの?ヒギリ」
チラッと私達を見ながらその女性はヒギリに腕を回す。
当の本人は直立したまま動かない。
うっわまじかよ!と優太は声を荒げた。男としてもイケメンだと思うヒギリに女の名前が出ないのはおかしいと思ったんだよ!と少し悔しそうにギリっと歯を鳴らす。ていうか、なんで悔しそうにしてんのコイツ。

「・・・い・・に・・・さい。」

何かごにょごにょと久しぶりに聞いたかのようなヒギリの声に皆耳を傾ける。へ?と愛華は聞き直すとブンッとその腕を払いのけヒギリは何回目かの声を荒げた。顔はほんのり赤い。

「いい加減にしてください!姉さん!」
「あらやだ何のことよ、久しぶりじゃないのー!」

語尾に星をつけながらその女性はヒギリの頭を叩く。それはぶん殴る、と表現した方がいいのかもしれない。倒れていくヒギリ眺めながらもう一回ヒギリの言葉を思い出す。皆同じ事を思っているのか目と口が開いている。ディアだけがほう、と面白そうに腕を組みかえた。

「ね・・」 「ね・・?」 「姉さぁん!?」

見事に三人の言葉が絶妙なハーモニーを奏でた夕方、空は綺麗な赤で染まっていた。



「今日はゆっくりしなさいな」

今日はもう遅いから家に泊って下さい。とため息交じりに言葉を吐いたヒギリは顔に疲れを浮かべてフラフラと足を進めていた。ヒギリがしっかりしているのも無理はないのかもしれない。ヒギリのお姉さんは結構大雑把・・・と言ったら失礼なのかもしれないが、気前のいい人だった。フランクで接しやすい、愛華にはその印象が強かった。まるでヒギリとは正反対だ。と言えば、怒られるだろうけれど。

「それにしてもヒギリにお姉さんがいるなんて思わなかったな」
「言うほどでもないと思いまして・・・」

眉毛を下げながらいつものフリルつきのエプロンを肩に掛ける。お姉さんとの合同作品はそれは豪華な物だった。姉弟揃って料理が上手いなんて珍しいし、なによりお姉さんが料理が出来るのに驚いた。さっきまで紙で手を切っただのなんだの騒いでいたのに。両親は早くに亡くなったらしく、ヒギリが旅に出回る今現在でお姉さんは一人で暮らしているらしい。いたるところに写真が飾られているこの家は温かかった。
「ここはお前の故郷だったんだな」
「えぇ、まぁ・・」
優太の問いかけに歯切れが悪いヒギリにハッキリしないな、とディアが口を開く。ここがヒギリの故郷なら辻褄が合う。やけにこの街に詳しい理由も故郷ならば当たり前な話だ。何年も見てきたその風景は頭に離れる事はない。故郷、かぁ。
「いいじゃないの!こんな美しい御姉さまが居るなんて俺感激・・!!」
「はは、ありがとう」

やはり兄弟と言う物は似る所もあるらしく笑い方はそっくりだった。馬鹿笑いでもなく、でもどちらかというと、控えめでもないようなその笑い方は、ヒギリも時々する笑みだ。彼は基本何か裏がありそうな笑みが多いような気もするけれど。あぁ、姉さんといると疲れます。と嘆くヒギリを視界に入れて愛華は頬杖をつく。なんだかんだ言って嬉しそうに見えるのは私だけじゃないだろう。斜め後ろの壁に寄り掛かっていたディアはフッと笑っていた。思っていた事は同じの様だ。
「お姉さんだったのね・・・そうよね・・・」
目は完全に違う世界に行っている向かいの席に座っているシュガテールはうつらうつらと言葉を並べる。おーいと手を振っても反応しない程度には何処かに旅立っているらしい。それを見かねてディアが壁から背中を離す。興味深いな、と良く通る声で言われれば誰でも気づくだろう、ビクっと肩を上げてシュガはへ?なにが!?と声をあげる。

「ヒギリがどーのこーのって」
本当は言っていないが恐らくそうだろう。その名前を呼ぶとピクっと耳が一瞬揺れた。違うわよ、なにニヤニヤしてんのよ!!と焦り始めるあたりビンゴだ。ここはひとつ詳しく聞かせてもらおうじゃないのと寝室に引っ張りこめば、シュガテールはジタバタとポチに助けを求めるものの当の本人は既に寝る体制に入っていた。構っている暇はないとこっちを見向きもしない。初めてポチの事を可愛いと思ったかもしれない。色々な意味で。

「なんだろう。なんか平和だなって、思う」
「あんな良く分からないこの世にはあってはならないものが出てきても、か?」

ポツリと今思ったことを呟くと、今まで姉弟の喧嘩話に笑っていたゲオルゲはこっちに振り返り問いかける。不安じゃない、と言えば嘘になるのかもしれない。でも明らかに今まで歩んできた道のりは自分にとって無駄な行為じゃないってことは確信できる。なにより、自分が自信を持てるようになったのが嬉しかった。あぁ、変われるのかな、って。

「あれは、あれだよ。今こうやって笑い合えれば、それでいいと思う。そして皆で解決すればいい。簡単な事じゃないか」
「お前は・・それでいいのかもしれないな」
どこか遠い目をしてゲオルゲは優太の手元を見る。少し揺らぐその瞳は何を思っているのだろう。え?と口を開けば、俺も思考が老けたなぁとまたいつものゲオルゲに戻った。ゲオルゲの手によって回されるコップの中の氷がカラン、と音を立てる。

「まぁお前の倍生きてっと色々な事があるわけ、さ」
「・・・・大人はみんなそうだけど。おっさんはそればっかだな」
「そう言うなやい」

そういって手元の水を飲み干すとガタッとゲオルゲは立ち上がる。いずれお前にも分かる日が来るさ。ニカッと笑って肩を叩かれる。どういう意味だろう。良くゲオルゲは口にする。若人にはまだ早いさ、と。まだ思考が幼いからか、それとも身体の問題なのだろうか。一体ゲオルゲが自分に何を伝えたいのかがいつも分からなく、問いかけてもはぐらかされてしまう。またおじさんの人生経験談かと笑うと眉間にでこピンをかまされた。
「楽しく生きる事だな。俺も出来るだけ協力するさ」
そいじゃ俺はそろそろ寝るかなーと奥に消えていくゲオルゲにありがとなと叫ぶとあぁ、と片手だけあげて消えていった。
本当は突き止めたいけれど、またはぐらかされるだけだと思うと、その行為も無駄だと気づき優太は口を閉じた。
まだ俺が、未熟なだけなのか。ぎゅっと拳を握りしめてその手を開く。
この手で俺は、何ができるのだろうか。
その答えが見つかるまでにはまだまだかかりそうだ。


あーそれにしてもこの感じ懐かしいねぇ、とソファに腰を掛ける姉さんは水、と手を差し出してきた。
ハイハイ、と取りに行く途中で我に返る。
この生活が前は当たり前だったものだから、すっかり体が動くようになってしまった。
慣れというものは、恐い。よくあの女は私が居ない間、一人暮らしできたなとつくづく思う。といっても、時々幼馴染が来ているのだろう、色違いのコップが並んでいた。何もかもが懐かしい。

「お前が楽しく生活できてるみたいで姉さん嬉しいよ」

わざとらしく眉毛を下げながらハァ、とため息をつく姉さんにコップを渡しながら良く言いますよ、と嫌みを並べると相変わらずだな、と笑われた。
それはどっちのセリフなんだか。
私達は昔から二人でこの家に暮らしていた。 両親は小さい頃に事故に合い、無くなった・・らしい。小さい頃の出来ごとで私は全く覚えていなかった。並んだ写真に四人の笑顔が写っているが、知っている顔は姉さんだけだった。
この人はだれと小さい頃姉さんに問いかけた事があった。
あぁ、その人は私達の大事な人だよと切なげに言われたのは今でも覚えている。
私はその頃からしっかりしなければと決心した。
今ではすっかり堅い、だなんて言われるようになってしまったが。
私が唐突に旅に出る、と言った時も何かを悟っているかのように手を振ってくれた。
厄介者が消えて姉さんは嬉しいよ、と。正直じゃない姉さんは何か隠し事をしていると耳が動く癖があった。分かりやすい、と言えば怒られるのだろうけれど、そんな姉さんは私の支えだったというのは、秘密だ。

全てを察しやすい性格というものは、他人からよく羨ましく思われる。実際、全てを分かってしまう絶望は体験してみないと分からないだろう。
私はその事に慣れてしまった。そんなことに慣れてしまっては駄目だ、と昔街の方に言われたことがあるが、その方が考える事もなんとなく察してしまうんだから、元も子もない。それが私の定めなんだと受け入れるしかなかった。
そして私は、選ばれた。姉さんも気づいていたんだろう。
兄弟だなぁ、と意味も分からない所で関心してしまった。心は完全に凍っていた。

「心配なんてしてないんでしょう?姉さん」
「ある程度はしてたさ。でもお前なら大丈夫だって思ってた」
それに、と姉さんは体制を変えてわいわいと話す皆の方を見つめる。
面白い奴らじゃないか?と私に問えば、全てお見通しさと言わんばかりにふっと笑っていた。そう、全てお見通しだった。
あの方たちが変わろうとしているように、私も変わろうと努力してきた。
でも自然に、昔の私に戻ったような気がした。仮面が外れる日がいつか来るのかもしれない。
そう思うと少し楽しみでもあった。どこまで、あの方たちは変われるのか。見えない未来に希望を持つことは今まで好きじゃなかったが、今回は少し望みを持ってみようか。

「本当、あの方たちは面白い方達でしてね。初めてのタイプに戸惑ってますよ」

はは、と笑っていると姉さんがいきなり真面目な顔をした。なんですかいきなり、と少し身構えする。姉さんの真面目顔は久しぶりに見た気がする。

「本当に、それだけか?」
「・・・えぇ。」

少し疑いを掛けられたが否定するとそうか、ならいいんだ。と目を閉じた。全否定はできないが、嘘ではないと言い切れる。あの方たちとの出会いは、偶然の様で必然だったのは気のせいじゃないのだろう。恐らく姉さんは気づいているのだろう。勘、なんだけれども。
「明日も早いんだろ?とっとと寝ちまいなよ」
「・・なんか、すみません。私の身勝手でこんな」
次の言葉を言おうと姉さんの方を振り向くとこれ以上喋るな、と睨まれてしまった。今に始まった事じゃないだろう。そう言うと明日のパレードの準備があるからと立ちあがった。姉さんに言われたくないですね、と笑うと、言うねと頭を殴られた。加減を知らないのも昔からだ。後ろ姿が気持ち小さく見えるのは気のせいだろうか。

「・・そうでしたね。」

バタンっと閉じられた部屋の扉に向かって一人呟く。その顔は穏やかだった。


「あーそれにしても」
充実してるわぁ、と愛華が言うとあんた毎度毎度年よりくさくなってくわね、と手を払う行動をした。失礼!と反抗すると冗談よと余裕の笑みで笑われた。また一本取られた。その二人を端から見ていたディアは珍しくふぅ、とため息をついていた。手元の本が揺れている。

「お前はつくづく変な奴だな。」

いきなり何を言い出すのかとディアの方を向くと、本を読むために掛けていたメガネをしまっていた。誰が?と愛華が問うと、あんたしかいないでしょとシュガテールが両手をあげる。

「今まで人間は最悪な奴しか見てこなかったからな、お前みたいな人間は初めてで少し戸惑っている」
お前は気持ち悪い、と笑みを浮かべ本をぽんっと閉じる。褒められているのだろ、う。しかし表現が可笑しくないか。
最初の反応とは大分柔らかくなったディアに愛華はホッと胸を撫で下ろした。前シュガと少しディアの事を話した時にシュガは言っていた。アイツもどこかで思っているハズよ、私と同じような事を、と。少しは人間を信じれるようになってきたのかな。そう思うと嬉しかった。
「人間も、愛華みたいな物が増えればいいのだが」

「ディアチャンに愛華チャーン!!!なんか興奮して寝られそうに無いもんで一緒に風呂でも入ろうぜ!!!」
「死ねこの加齢臭!!!!!」

「・・・いや、無理だな」

部屋に侵入してきた下劣な中年の顔を見るなりディアは迫実な顔で思った。





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