赤錆の羽根を打ち砕け 6 


「お、お前ら頭おかしいんじゃねーの!?エルフの一体どこに存在価値があるかわかんねーよ??」

声を裏返させながらまだなにかと反抗する男にゲオルゲはチッと舌打ちをすると、一歩前に出た。面倒くさいと言わんばかりに首をコキコキ回すと見下すように蔑んだ目で男を見る。こう見るとゲオルゲは背が意外に大きかったことが分かる。愛華はこの男の後ろ姿を固唾を飲んで見つめる。

「何度も言わせないで頂戴ね?散れよ」

男はチッとゲオルゲの真似をするかのように舌打ちをすると後ろで見物していた野次馬共々町の奥へと消えていった。どうやらゲオルゲの圧力が勝利を収めたようだ。当の本人は頭の後ろで手を組み腹が減ったーなどとほざいている。いつものゲオルゲじゃないような気がして愛華はむず痒かった。そんなゲオルゲに関心する自分がいた。これは認めざるをえない。ヒギリは男らが去っていくのを見かねてメガネをくいっと上げディアの隣に立つ。

「・・・理由なんて、なくてもいいんですよ?ディアさん。私達がこう楽しい、と思えるような日々が過ごせればそれでいいんじゃないでしょうか。」

ヒギリらしい意見と共に皆の頭が上下に揺れる。ディアがエルフでもなんでも関係ない。俺達はディアだから一緒に行動している。優太は男が去っていったにも関わらず微動だにしないディアの頭をハット越しにぽんぽんと叩く。いつもなら吹き飛ばされるか避けられるかされていたのに何も反応しないディアに少し寂しさを感じる。別に求めている訳でもないが、いつものあの強気で少し頑固な、俺達しか知らないディアに戻ってほしくて。心を込めて、俺が言うのもなんだけれども、と優太は言葉を紡ぐ。

「人間は嫌い、嫌い、しか言わないとさ、目の前しか見えないだろ?人間にだって人それぞれ顔が違うように、性格だって考え方だって違うんだ。人間の中に人間を嫌う奴がいるかもしれない。でもその半面エルフだからといっても避ける理由を感じない、普通に接する俺達みたいな人間だっているんだ。寧ろ、それが普通なだけ。現にハーフエルフは人間とエルフの間で育った奴をハーフエルフって呼ぶんだろ?エルフを好む人間だっているわけだ。ディアが知らない人間がこの世にはわんさかいるんだぜ?だから、そんなに嫌い嫌い言わないでくれ。俺達と一緒に、ゆっくり色々な人に会っていこうぜ。な、シュガも。」

あれ以来黙っていたシュガはえぇ、と頷く。ディアの気持ちは痛いほど分かる。自分も同じ状況だったし、なにより自分も人外、と呼ばれ差別されてきたから。私はそれでも希望があった。それを教えてくれたのは人間なんだし、恨む理由もなかった。それをディアにも知ってもらいたい。似た人種として、そしてなにより私がディアにしてあげられることは知ってもらうことなのだろうとシュガテールは一人確信した。

「私はそういう、物好きな人間がいるって知っていたから。あんた達みたいにね。今はちっとも寂しくないわ。ねぇディア。」
間を開けてシュガテールはディアの隣に移動する。そしてディアに優しく問いかける。ディアにもどうか、気づいてほしいな、と祈りを込めて。
「私はハーフエルフだからディアの気持ち痛いほど分かるんだ。でも前を見るとね ?前を見ると案外世界は広いんだ、って分かったの。兄さんを助けるために外を飛び出して色々な人の温もりに触れて、やっと分かった事もあるわ。それはディアも気づいているハズだけれど・・・ディア・・?」
愛華達と会えて色々な事を学んだかもしれない。今まで人間と接してきてやっぱり愛華達はその人達と何かがちがった。改めて人間は面白い、と思える事ができた。本人に言えば舞い上がりでもしそうだから言えないけれども。感謝は、一応している。そう思いながら今までディアの足元を見て話していたシュガテールは顔を上げて、ディアが少し体全体を震わせているのに気づいた。今まで微動だにしなかったディアが行動を起こしている、ということに少し驚いてしまった。再びディア?問いかけると、ククク・・と底から出したような声が聞こえる。

「フフフ・・ハハハ・・アハハハハ!」

何事かと思えばいきなりディアはその場で大笑いし始めた。あぁお前達は本当・・!と時々漏らしながら。少し落ち着いたのか目を閉じ、再び私をその瞳で映す時にはいつものディアに戻っていた。ほっと愛華は胸を一撫でした。
「本当、お前達ときたら心底可笑しな人間だな。こんな人間に会ったのは初めてだ。それこそ今まで軽蔑する奴しか見てこなかったものだから。そんなにたかがあたしの為にそんなに必死になってくれる奴なんているんだな。こういう時に限ってどういう顔をすればいいのか分からないもんだが。」
少し眉を下げながらも楽しそうにするディナは照れくさそうに頭を掻く。自分にとっては、初めて人間に存在を認めてもらったかのようでとても嬉しいし、なによりこんな面白い人間が『選ばれたこと』に感謝をしてもしきれない。こんな思考の人間、そうそういないだろう。ディアは顔には出さないものの、自分は此処にいてもいい、とでも言われたかのようで今まで重かった心の荷が一気に降りた感覚に陥った。そうね、と愛華は一瞬うーんと悩む仕草をし、ぱっと顔を上げていつも真面目顔であまり喜怒哀楽を現さないディアの頬を抓り愛華は答える。

「笑顔よ。どんな時でも笑っていれば元気になる!そんなもんだよ。何故か、乗り越えられるような気がしてくるんだよ、笑顔って。ほら!いー!」

自らの口に指を入れいーっと愛華は笑って見せた。その顔が面白くてついクスッと零してしまうと、ほら、やっぱりディアには笑顔が似合う、と頬笑み返されてしまった。それが眩しくて眩しくて届きそうにもなかったが、今度こそは人間の言葉を信じてみようと思う。といってもまだ、愛華達しか信じられないのだが。それでもあたし的には一歩を踏み出したつもりだ。いいじゃんいいじゃん!と声を弾ませゲオルゲはディアの肩に腕を回す。

「まだぎこちないけど、今までに比べたら全然可愛いし寧ろそのままの笑顔の方がいいと思うぜ姉ちゃん」
「カ、カワイ・・!?」


初めて聞く単語のように目を見開き驚くディアは肩に回された腕を力のある限りぶっ飛ばした。吹っ飛んでいくゲオルゲを横目にディアは少し頬を染めた気がするのは、気のせいだろうか。優太が意外にシャイなんだなぁと笑えばキッと睨まれるが、当初よりかなり柔らかくなった気がする。

「何セクハラしてんだよおっさん!」
「な、セクハラって!俺は紳士と呼ばれるアレでだな」
アレってなによ、とシュガテールが呆れ半分に問えばゲオルゲは言葉を詰まらせ、アイコンタクトで助けを求めてくる。知らん、とそっぽを向けば姉ちゃん酷い!なんて叫んでいたが、気持ち楽しそうにしていたのは気のせいではないのだろう。こいつらなら、自分を出せる。かつて住んでいた懐かしい風景を眺めながらディアは深くハットを被りなおした。自分の存在を認めてくれた、見ていてくれた人間の為にも今あたしが出来る事、それは一つしかなかった。自分の使命にいつも疑問を抱いていたが、やっとその時が来たのかもしれない。グッと手に力を入れ拳を作るとディアは一歩前に出る。

「色々迷惑を掛けてすまなかった。これからも・・よろしく頼む」
少し控えめの声だったがしっかりと皆に聞こえていた。うん、よろしくね!と愛華に手を差し出されたが、やはりまだ触れることは出来ないようだ。でも慣れないだけで、何れは克服したい。あぁ、前はこんなことも思わなかったな。と自分に驚く。やはり、変わるものだ。それを察し愛華はいつか治ればいいね!協力するよ。と言ってくれた。今はそれがただ純粋に嬉しくて堪らずに。

「お前達に会えて、よかったよ」

頬を濡らしていた一筋は未だ乾くことを覚えないようで。
大げさかもしれないその言葉は、ディアの人間に送る初めての心からの言葉だった。



「近くなってきたよなぁ、アレ」

もう辺りはすっかり暗くなり、今日は野宿をしましょうと声を掛けるヒギリを合図に皆は支度をし始めた。ふと言葉を漏らした優太の顔はたき火の炎に照らされ影を作っていた。ゆらゆらと動く影を無心に見つめ、シュガテールも優太が向いている方へと顔首を動かす。暗くて昼間よりかは見えないなにかが、確かにそこにある。近くなったせいか更にでかくなったその兵器はシュガテールの心を揺さぶる。
「例えば、なんだけどよ」
よいしょ、と腰を降ろしゲオルゲは口を開く。なんだかんだでついてきたゲオルゲは今ではとても頼りになる存在となっていた。戦力として、の話だが。何を考えているのか分からないその瞳が、ディナにはどうしても解せなかった。本当に例え、の話だからな?と念を押してゲオルゲは続ける。

「もし、その嬢ちゃんのお兄さん?がさ、そのー、俺達が説得しても、話の通じない状態までに陥ってたら、どうすんの?」
話しあいが、できなかったらさ、とゲオルゲは少し遠慮がちに漏らす。ゲオルゲ!と少し声を荒げる愛華にシュガテールはいいのよ、と愛華を座らせた。もちろん、考えていないわけでもなかった。既に私が知っている兄さんは私の事すら覚えてなかった。というより、そもそもあれは兄さんじゃなかった。もし、もし私の声が届かないというならば・・・。そこまで考えてシュガテールは頭を振った。仮にあれが兄さんに成りすました悪魔だとしても、見た目は兄さんなんだ。私の大好きな、あの兄さん。それを私の手で、壊せと言うのか。

「私には。・・私には兄さんを殺せない。」
「でもそれじゃ、もしお兄さんが抵抗してきたら、黙って殺られるって事になっちゃうでしょーよ?」
「ゲオルゲ、もういいだろ。」
ゲオルゲの言葉を遮り優太は口を開く。シュガもそのことくらい考えてるだろうし、ゲオルゲの言いたい事も分かる。肉親を殺せるか、と問われれば殺せない、と答えるのが当たり前だ。それに、シュガのお兄さんはシュガにとって大切な存在だ。普通の少女に、そんな残酷な事をさせたくない。その為にも、俺達が支えなくてはならない。ごめんね嬢ちゃん。悪気があって言ってる訳じゃないんだ。そうゲオルゲは困ったかのように眉尻を下げれば、分かってるわよとシュガは答える。まだ迷ってるかのように、瞳の奥は揺らがせたまま。

「だが、このまま野放しにする訳にもいかない。仮にもお前の兄さんとやらはこの国の王だ。ほっとけば何をするか分からない。国が壊れては、元も子もない。」

現に空を見てみろ、と言われ上を向くとまだ少しではあるが亀裂が入っている。空に、小さい穴が空いているのだ。まるで、この国が外に出たがっているかのように。皆が唖然としている中ヒギリが悟っているかのように、このままいけばこの国は崩落するのでしょうね。と静かに呟く。その言葉は夜の静寂に良く響き、それと同時にシュガテールの心の中に深く鳴り響いた。崩落。この二文字が頭の中から離れない。兄さんは、もう戻れない所まで行ってしまったのだろうか。手が、声が届かない。私の知らない世界。

「でもそれは、このままいけば、の話です。それに確信はまだ持てない。そうさせない為に私達は集まって旅をしているのでしょう?めげてはいけませんよ」

それにこれはシュガテールのお兄さんに私達の声が届かない場合の話ですから。その事前提で話を続けても意味はありませんよ。そう言ってヒギリは私達を照らしていた炎を消す。これはもう寝ろという合図なのだと何回か野宿をしているうちに学んだ。そのどれもがこういう空気になった時、だった。ヒギリの優しさが込められているこの行動は、いつも考える時間を与えてくれているのだろう。ただでさえ意見がばらばらなこの一行は自分で答えを探さないと前には進めない。あくまで私達はそれを支えることしか出来ないから。愛華は黙って寝始めるシュガを横目にね転がる。私達の目的がお兄さんを助けることなのだとしても、最初に聞いた二重の声の主は一体私達に何を伝えないのかが知りたい。そして何れ探さなければいけなくなる、戻るための方法。もしかしたら、戻れないのかもしれないな。心のどこかでそれもそれでいいかな、と考える自分に苦笑し愛華は目を閉じた。



皆が規則正しい寝息を立てる頃、優太は眠れずに半身を起し空を見上げていた。星もなく、雲もない。殺風景な天井に小さな穴。確実に壊れ始めているこの世界は、自分達にしか見えていないのかと思うと恐ろしかった。なにも知らずに滅ぶ世界。自分がそんな立場であったならひとたまりもないだろう。その前に、見れる前になにもかもが消滅してしまうのかもしれない。そう考えると、何もせずにのうのうと寝ようとした自分に腹が立ち勢いよく立ちあがる。俺はもっと、強くならなければならない。最初はまさかこんなことになるなんて思いもしなかった。俺が強くなりたいと愛華の前で決心したあの日から、色々とこの世界は崩れ始めていた。何かが、始まろうとしている。そう最近感じるようになって、胸騒ぎがする。世界を救う、となると大がかりになりそうだけど俺達が動かないとどうにもならない。責任を感じなければいけない状況になっていた。俺はもっと強くならなければならないんだ。そう自分に言い聞かせ、何度も何度も剣を振るう。暗闇で周りが見えない先へと、我武者羅に。

「少年、そんなんじゃ駄目だって」
「!?」

いきなり声を掛けられ優太は驚き肩を上げる。いつの間にか後ろにはハイマがいつもの様子で立っていた。若さ故の焦りって奴?そう片手を掲げゲオルゲは腰を下ろす。隣をぽんぽんと叩いているあたり隣に来いということだろう。その場まで行き少し離れて座ると、つれないねぇとニヒニヒ笑った。

「お前はここで・・・。そうだな、強くなりたい、とでも思ってたんだろう?」
「・・悪いか」
「いやいや、寧ろその努力は凄いと思うよ?おじさん。でも」
そういってゲオルゲは口を閉じる。その先を知りたくて優太はでも?と問うとお前は力を求めてどうするんだ、と瞳を少し鋭くしゲオルゲは言葉を零した。どうするんだ、と問われても、ただたんに自分には力が足りないだけで、それ以外の理由なんてあるのだろうか。守りたい人を、守りたいものを自分自らの手で守りたいから、強くなりたい。これ以上の理由があるのだろうか。それとも、自分にはまだ何かが欠けているとでも言うのか。

「分からないだろうな。」
そりゃそうだ。とゲオルゲは少し笑い俺だってこんなん聞かれてもそのまますぎて答えられねぇわ。と前を向く。そう、そのまんまなのだ。でもゲオルゲはなにかを伝えたいのだろう。それを理解できずに首を傾げるとなんでもねぇよ、と頭を叩かれた。

「でも、力を求めすぎると大変なことになるのは分かるだろ。十分に力を持つ物がもっともっと、と更に力を求める。そうすると外側が耐えられなくなっていつか」
パーン、と手で爆発を表すかのようにジェスチャーをし、優太に見せた。

「用は、その力をどれだけ自分でコントロールできるか、が重要になるってことだ。コントロールが効かなくなると制御できなくなって、お前が守りたいと思っているものを簡単に傷つけてしまうかもしれない。」
なにが言いたいんだ?と優太は首を傾げると、あーそうだな、はっきり言った方がお前にはいいのかもしれないな、と少し笑われて優太はムッとする。確かに理解力には欠けるかもしれないけども、ゲオルゲに笑われると余計にムカつく。顔に出ていたのかまぁまぁ、と宥められ渋々と顔を顰めた。

「お前にとって悪い話じゃない。お前は十分に力を持ってるんだ。ただ、それを発揮できていないだけ。その力の使い方を知らないんだ。だからさ、」

ゲオルゲはいつも使っている、槍とも斧とも言える武器を二本出した。その武器はゲオルゲの手によって舞いやがて片方は地面に刺さり、片方は優太へと向けられた。暗闇の中でも分かるその鋭い刃物は刺されたらひとたまりもないのだろう。

「俺が、お前を強くしてやるよ」

「・・・え?」

唐突な話の流れに優太は驚いた。立てよ、と言われ立ったのはいいものの意味が分からなかった。それに、自分に力があるとは到底思えなかった。何があっても力の押しで負ける自分の腕は頼りなくだらんと垂れる。この腕のどこに、この俺のどこに力があるのだというのだろう。いつの間にか目の前まで迫っていたゲオルゲを間一髪で避け後ろに飛びながら優太は問う。

「い、意味分かんないし、そもそも強くするって・・!」
「俺も、未来を担う若者の応援でもしないとさ?」

まぁ、見てろ。とゲオルゲは構え始めた。序所にゲオルゲの持っていた槍に気が溜まる。その気が全体的に広がるとゲオルゲはいきなり飛び上がった。

「ゥラァ!!『オルビド』ッ!!」
「うわあっ!!」


怒号と共にこっちに猛突進してきたゲオルゲを全力で全力で避けるとさっきまでいた所がぽっかり穴が開いてしまっていた。迫力が凄すぎる。

「ま、こんな感じだ。」
「こんな感じってお前!もう少しで当たる所だっただろうが!危ねぇわ!」
「これを、お前は出来るんだよ」

ふぅ、と槍をしまうと倒れこむように後ろに重心をかけて座ったゲオルゲは欠伸をし、やってみろよと言ってのけた。出来るはずがない。俺はゲオルゲみたいな力を持ってるわけでもないし、そもそも気の溜め方を知らない。あー、だから若人は、といいながらゲオルゲはため息をつく。

「どうせ自分には出来ないって思ったんだろ。やってみなきゃなんにも分かんねぇだろうが」
お前らにはこれから先もたくさん生きていくんだから何事にも挑戦しなきゃ駄目だろ!と少し怒られ剣を貸せと手を差し伸べられる。ゲオルゲは剣を持つと、こうだ。と言われたがさっぱり分からなかった。じゃぁ今お前が持っている気を自分の手に集中させるようにしてみろ。と言われ半信半疑に目を閉じる。全ての神経を手に集中させる。気持ち体が温かくなっていく気がした。

「おい、目を開けてみろ」
ゲオルゲに言われた通り目を開けると目の前の手には青い霧みたいなものが纏っていた。有り得ない光景に目を丸くしているとだから出来るっていっただろ?とゲオルゲは首を傾げた。そうか、自分が出来ない、と思っている基準は現実世界で考えているからなのか、と妙に納得してしまった。今の状況も十分あり得ないのだが。少しフッと考え事をしているだけでその気は消えてしまった。

「この技は集中力が必要なんだ。だから少しの揺れも許されない。んでもお前は若いから今日で十分だろ。」

どうにかなるって、と肩を叩かれ、手に剣を握らされる。これを覚えたら強くなれるのか、そう考えると少し希望が見えたのかもしれない。おー頑張れ頑張れーと後ろで見ているゲオルゲに絶対覚えてやるからな!と叫び優太は集中し始めた。そんな優太を見てゲオルゲおはほほ笑む。あの姿を見るとどうも幼いころの自分に重ねてしまってほっとけなかった。自分に力がない、そう実感すると寂しいものだ。強くなりたいのに、どうすればいいか分からない。前の俺はがむしゃらに走り続けたからこんなんになってしまったけれども。

「くっ、なかなか溜まらねぇ・・!」

気を出す事は出来る。でもそれが広がることはなく、すぐフッと消えてしまう。集中力が足りないのか、自分の技術では無理なのか、優太は左手を見つめため息をつく。あー少年!と言いながらゲオルゲが近づいてくるのを見て何?と問うと駄目だろ!と頭を叩かれた。

「お前また今俺には無理だのどーだの考えてただろ!」
その考えじゃいつまでたっても覚えられないぞ、と指を刺され、優太はうぐぐと唸る。そんなのは分かってるし、俺だって生半可な気持ちでやってる訳じゃない。ただ、なにか実感が沸かない所があった。どういう原理で、となると話は長くなるのだろうが、ただせめてどうすれば気が溜まるのかさり気なく聞く。しかしゲオルゲはそんなのただ意識すれば出来るだろ?としか言わない。

「なぁ?美青年」

ゲオルゲは今まで座っていた態勢を瞬時に切り替えた。そういう所は凄いと思う。純粋に憧れるのだが、中身があぁだと尊敬したくても出来ないというものだ。本人に言ったら殺されるのだろうけれど。思わず剣を構えると、聞覚えのあるまぁまぁ、と言う声と共に見覚えのある人物が姿を現した。

「ゲオルゲさん、教えるのならもっと根本的な所からじゃなきゃ駄目ですよ。あなたじゃないんですから、優太さんは」

そう言いながら近づいてくるのはヒギリだった。私も眠れなくて、といいながら笑顔を浮かべるその顔はいつもより少し控えめで元気はなさそうに見えた。じっとしてろ、と言っても聞かないのだろう。恐らく眠れない、というのは嘘なんだろうなと思いながら優太はヒギリの言葉を待つ。

「どういう意味だよヒギリ」
「ゲオルゲさんが言っている事は分かるんですよ?分かるんですがそれはあくまでも私達だけで、優太さんは初めての剣術で何もご存じない。そうですよね?」

あぁ、そうだけど。と言いながら優太は違和感を感じた。確かにこの世界で初めてこんな剣を手にしたし、初めて使い始めた。寧ろ現実世界で使ったことがあるって方がおかしいのだけれど。あえて言うならおもちゃコーナーに並んでいるあのプラスチックの武器くらいだ。だがヒギリに『初めて使った』とは言っていないような気がした。上手い下手があるのだろうけれど、下手な剣士なんて腐るほどいるだろうし、自分が今まで剣術を使ってこなかったのかもしれない。ここまではっきり確定出来る所は、察しが良い以前の問題だと感じた。それともただの俺の早とちりなのか、定かではないけれど。え、そうなのか?とハイマは少し目を丸くし、そう、か。と一人納得していた。

「なら、まず気の使い方からだろうな」
「えぇ、そうなりますね」
しばらくは二人から色々と説明を受けていた。自分は今何をすればいいんだけっと少し目を反らしただけでおいとゲオルゲに指摘される。こういうのは昔から得意じゃなかった。まずは体験してみることには始まらない。そういう思考に良く周りの奴らを巻き込んでいた記憶がある。結論から言うと、この気はつかえるようになると後は応用で常にその気を剣に纏わせる事ができるらしい。問題はその気をどうだすか、だ。ゲオルゲの言うとおり集中だとヒギリも言うがあぁ、そう言えばとヒギリは手を叩いた。

「私も治癒術で気を出すんです、その時にその方の事を思って助けたいと考えると、気が出やすくなるんです。私の場合ですけどね?」
優太さんも考えてみてはどうですか?とヒギリは優しくほほ笑むとゲオルゲの横で座った。どうやら観客になったらしい。どこの誰かも知らない俺なんかに技をいちいち覚えさせてくれる二人に感謝しなきゃ。そう思いながらもう一回優太は剣を強く握りしめた。

「優しい方ですね。」
「んー?」
「知っていたから、言ったのでしょう?貴方はなんだかんだで優しい方ですからね、と」
「なんのことだ?」

オジチャンワカンナイと頑に認めない所がゲオルゲさんらしい。優太さんの秘めた力は誰もが気づいていた。それを優太さんは毎回違う、違うと跳ね除けてまたその先に進もうとしてこけてしまう。そんな優太さんを見かねて声をかけたのは今まで寝ていた私にも分かるくらい単純な事だった。強くなってほしい、と願う所もあるのだろうが、優太さんの気持ちを察して行動する辺り周りを見ているんだなと少し関心させられた。眠れなかった、だなんてただの嘘でしかなく、本当は今まで本の整理をしていた。これまで綴ってきた、私の様々な歴史、知識、記憶。メモ欄はそろそろ埋まる所まで来ている。最近の旅は私に色々な刺激をくれた。それを綴ってしまいたくて、気づけば本が離せなくなった。これを生真面目と呼ぶ方もいればいいことだと頷いてくれる方もいた。私はただ自分が求めている答えの真相をしりたいがために綴っているだけだからどちらにも当てはまらない。最近、少し見えてきたのだ。

「優太さんが元から持っていた、あの才能を。本人はただそれに気づいていなかったから、なら自分が引きだしてやろう。そう考えるのは私も一緒ですよゲオルゲさん」

正直になったらどうなんですか?とやけにニヤついたヒギリにゲオルゲは言葉を詰まらせることなくなんの話?とニカっと笑って見せる。その余裕の裏腹には汗ばんだ手があることにヒギリは気づかない。面白くないですねぇとひたすら練習を続ける優太を見ながらヒギリは頬杖をつく。果たして一日でどこまであの少年は成長するのか見ものだった。そんなヒギリを横目で見てゲオルゲはこっそりため息をつく。最近の若人は勘がやけに鋭いもんだからおじさんったら困るもんだ。余計な口出しをするとそれだけで何かを察してしまいそうな隣の青年は侮れない。まぁでも、とゲオルゲはヒギリの方を向かずに遠くを見据えて言う。

「お前らとは面白い生活だったさ。暇潰しにね」
「過去形なんですか」
だって嬢ちゃんのお兄ちゃんを倒しちゃったらもう終わりだろ?あーあ、おじさん寂しい。とわざとらしく泣く振りをすればヒギリはやれやれとため息をつく。本当はそう思ってないでしょうに、と呟けば、あ、ばれた?でも楽しかったのは本当だぜ?と人懐っこいような笑顔で。この人は何もかもをひっくるめる事が得意らしい。本当の所は、誰にも分からないけれど。
それから他愛のない話をゲオルゲとしていた頃、いきなり叫び声があがった。というより、それは驚きの方が強いかもしれない。ちょっとちょっと!!と手招きをしている方へと小走りに近付くと見てろよ!と指を刺される。その光景をゲオルゲと何事かと見つめていると、いきなり青い物が優太の体を包み込んだ。少し離れた所でもわかるその気力はまだ微力ながらも立派に存在していた。この目の前の男は数時間で習得してしまった。

「これで、い、いんだろ・・・?」

そう言って優太は気を戻す。もともと持っていた能力だからできてもおかしくはないが教えて数時間で習得してしまう優太の才能にヒギリはなるほどと頷くしかなかった。すごいじゃねーか!とゲオルゲが優太と背中を叩いた所だった。そのまま前方に倒れたっきり立ちあがらなくなってしまった。
「お、おい俺そんなに強く叩いてねぇぞ・・・?」
「いえ、これは」

そういいながら優太の顔を覗き込む。へへへ、と良いながら笑う優太の顔は少し青みがかかっていて、健康とは言い難い色をしていた。ヒギリが大丈夫ですか?と差し伸べてくる手に掴まろうと力を腕に入れてみるも、立ちあがれない自分に苦笑しながらあぁ、俺はやれたんだなぁ、と実感する。二人が優太そっちのけで恐らく話をしていた頃、コツを掴んだ優太はふと愛華の事を思い出していた。毎回何かと口を出してくる割には心配そうに自分を見るあの目がいつの間にか居心地良くなっていた。そしてそのままじゃ駄目なんだと気づくのにはそう時間は必要なかった。今度からは自ら強くなって、愛華には悲しい思いをさせたくない。この前隠した傷痕を布の上から少し触り、決心したばかりだ。悶々と考えているうちに、目を開けると目の前は青かった。どういうことだと一瞬戸惑いながらも次の瞬間には叫んでいた。一番ビックリしていたのは自分だっただろう。そう思うと少し恥ずかしくなってきた。やったじゃねぇか!とバシバシ頭を叩いてくるゲオルゲに抵抗する気力もなくされるがままになっていると、上から少し渋る子声が降ってくる。

「見て分かる通り、この技はリスクが高いんです。そんなに多様できるものじゃない。それは分かりますね?」

うんうんと力なく優太は頷く。毎回こんなんだったら戦う事すらできない。私が傍にいない時には絶対に使わないでくださいよ、とヒギリは念を押し持ち上げるように優太の肩を持った。気づけばすっかり周りは明るく、自分が凄いボロボロな状況になっていることに気がついた。これじゃあ、愛華に突っ込まれるなぁ。

「余裕があったとしても最低で二回です。それ以上は命に関わりますからね」

念には念を。貴方は突っ走るタイプなんですから。そういうヒギリは少し寂しそうにほほ笑んでいた。理由は分からないけども様はそんなに使っちゃ駄目ってことなんだなーと軽く考えていると、じゃあ俺はなんなんだよとゲオルゲも肩を貸してくれた。貴方は例外すぎますよ、私にすらその力がどこから出てくるか分かりもしない。と呆れ半分にため息をつくとまぁな!と何故か自信満々に鼻を啜った。絶対勘違いしてるこのおじさん。
まぁ、お前が呼んだら俺はどこへだっていってやるよ。とゲオルゲは言って頭を小突かれる。

「うわゲオルゲ気持ちわるっ!」
まったくですね、と二人で笑いあっていると横からおいおい!とセリフ大なしな顔で突っ込んでくる。いつのまにか談笑できるくらいには仲良くなっていた。


「あれ、あいつらは?」
「あぁ、おはよう。」
もう既に起きていたディアにおはよう、と返し周りを見渡す。隣に寝ていたハズの優太がいなく、ゲオルゲとヒギリの姿も見えない。一体三人で何やってるんだか。愛華は目をこすり自分の頬をパンパンと叩く。毎朝のこの行為は結構効果的だ。

「恐らくだが」
そうディアが口に出したのと同時にゲオルゲのおーいっという声が遠くから聞こえた。丁度起きたのであろうシュガがなによ?とまだ寝ぼけているように声の方へと首を動かす。最初はぼやけていた視界がじょじょに覚醒すると、そこには二人に抱えられた優太の姿が見えた。見間違いなのだろうか、と目をこするも確かに優太はいつもの様な元気さがなかった。
「なによあれ・・」

愛華が目を見開きながら声をあげる。恐らく特訓、というものなのだろう。ディアは悟ったかのようにその光景を一瞬見て、また手元の本に目線を戻す。その行動はディアの朝の週刊だ。恐らくと言うことはなんとなく知っていたのだろう。何も言わない所がディアらしい。

「いやー少し手間くっちゃって」

ヘヘと笑う優太は力なくそこに座り込んだ。今治癒しますから動かないで下さいね、とヒギリが色々取りに行った隙に愛華は優太に近付く。うーと背伸びしていた優太は愛華に気づきおはよーと笑っていた。

「あんた何してたのよ」
「ちょっと教えてもらってただけ」
ちょっと、でこの怪我って一体どういう事だ。問い詰めてもうーんとか、しまいには愛華には関係ないって、とそっぽを向かれてしまった。その行動に少しカチンとくるがヒギリの治癒が始まったせいで何も言えなかった。別に、話してくれたっていいじゃんか。愛華は少し眉間に皺を寄せるとシュガの方へと戻ろうと体の向きを変える。と、意外にもすぐ間後ろにいたゲオルゲにぶつかりそうになり愛華はバランスを崩す。

「おっと、大丈夫か愛華ちゃんよ」
「もー危ないじゃんか!」
いやーごめんごめんとゲオルゲは人差し指で頬を掻く仕草をすると、あー、と何か言いたげに口をパクパクとさせている。首を傾げると、一応、言っておこうかな。と声のボリュームを下げ屈んできた。
「優太くんは、正直じゃないだけだからね?」
ちょっとお節介かぁ!と心底楽しんでいるかのようにケラケラ笑っていると、背後からディアの冷たい視線を向けられていたのに気づきシュンッと項垂れた。私もあいつの意地が悪いことは知っている。でもゲオルゲの言っている意味が分からなくてもう一回聞き直そうとするのをシュガにやめときなさい、と笑顔で止められた。

「あんた意外に鈍感なのね。天然なの?」

いつにも増して笑顔なシュガは両手を合わせて右頬にくっつける。こういうの好きだわ私!と声を弾ませるんるんと目の前を去っていくシュガの行動に更に首を深く傾げる。人間というのは面倒くさい生き物だな。とディアは呟き、一瞬目を合わせると支度をし始めた。気持ち、笑いを堪えている様に見えるのは気のせいだと思いたい。さて、行きますか。というヒギリの声と共に皆が立ちあがる。さっきまでだれていた優太はすっかり元気になって、眩しい日差しを遮るように手で顔に影を作り剣を握りしめた。少し心配していた愛華は自分が胸を撫で下ろしていた事に気づきパッと手を降ろす。正直じゃないのはどこの誰なんだか。
自分にそう言い聞かせ優太の後をついて行った。
目的地はすでに、すぐそこまで迫っていた。





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